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抗凝固・抗血小板とアンチエイジング

第2回 加齢と血液凝固活性

倉地須美子

Anti-aging Science Vol.3 No.2, 79-85, 2011

はじめに
 生理反応は恒常性を維持しながら,年齢とともに変化していく.この現象の分子レベルでの理解は,年齢が危険因子となっている多くの疾患や老化現象の根本的理解にとって,非常に重要なものである.最近,われわれは,ヒト血液凝固系に関与している凝固因子遺伝子の年齢軸恒常性調節分子機構を,トランスジェニックマウスの構築と詳細な解析を通して世界に先駆けて解明するとともに,その機能普遍性と,ヒト血友病の病理においても確かに作動していることを証明した.さらに,われわれは年齢軸恒常性調節機構の統合的解明を目指し,マウスをモデルに肝遺伝子および蛋白質の一生スパン年齢軸に沿った発現変動の網羅的解析を進め,年齢軸恒常性調節の鳥瞰的理解と新たな年齢軸恒常性調節分子機構の探索を進めてきた.本章では,これらの解析と新研究分野の開拓に向けた最近のわれわれの研究について概説する.

Key Words
年齢軸恒常性,肝遺伝子,肝蛋白質,網羅的解析,発現変動, データベース

年齢軸遺伝子発現調節分子機構

A 血液凝固・抗凝固系および線溶系

 図1に,血液凝固・抗凝固の簡略化した分子機構を示す.

実際には,この図に記載していない多くの血中構成成分,血小板や赤血球,血管壁内皮細胞,血流などが関与しており,極めて複雑な生理反応系である.重要な点は,血液凝固反応系は止血のためだけではなく,多くのほかの生理反応系,例えば免疫系や炎症系などとも密接な相互反応をもつオープン系であることである.これまでに報告された多くのヒトの疫学・人口統計学研究データを分析すると,血液凝固活性は出生前後~離乳期頃までに急速に高くなり,その後,思春期,青年期,壮年期,そして老年期に至るまで徐々に上昇していくパターンをとることが明らかである1).分単位で完結する血液凝固の連鎖反応プロセスは,凝固に向かって働く凝固因子が関与する反応系(図1中の黒色で示された反応)と血液凝固を阻害し調節する抗凝固系に働く凝固阻害因子が関与する反応系(図1中の青色で示された反応)で,アンチトロンビン(ATⅢ), 組織因子阻害因子(TFPⅠ), プロテインC(PC)などである.一方,線溶系は血液凝固の最終段階産物であるフィブリン線維素塊を溶解するプラスミンを生成する.血漿中に存在する線溶系因子プラスミノーゲンはフィブリン塊上で効率的に強力な蛋白分解酵素プラスミンに活性化される.この活性化にはプラスミノーゲンアクチベーター(PA)と呼ばれるセリンプロテアーゼが関与するが,組織性PA(tPA)とウロキナーゼ型PA(uPAまたはUK)が知られており,いずれのPAも血中で一本鎖蛋白質として存在する.遺伝子組換えで作られるtPAは,心筋梗塞の治療薬として臨床で広く使われているものである.プラスミンの調節にはその阻害剤であるα2-プラスミンインヒビター(α2-PI)が働き,プラスミノーゲンアクチベーターの阻害因子としてはPAインヒビタータイプ1(PAI-1)が存在し,線溶系の調節に主な役割りを果たしている.現在わかっているだけでも血液凝固・抗凝固および線溶系には少なくとも20数種の蛋白質因子が関与しているが,今なお新たな因子の関与が発見される可能性がある非常に複雑な系である2).
 血液凝固活性の全体は年齢とともに徐々に上昇していくことはすでに述べたが,一方,アンチトロンビンⅢやプロテインCなどの抗凝固因子およびプラスミノーゲンやtPAに代表される線溶系因子の血中濃度は年齢とともに有意に上昇しないか,むしろわずかだが低下気味になるものもある.さらに興味深いことには,tPAの阻害因子であるPAI-1は血液凝固因子と同じように年齢とともに上昇することが明らかになっている3).これらのデータを総合すると,血液凝固を促進する活性と血液凝固を抑制する活性間のバランスが,年齢とともに血液凝固促進の方に傾斜していく,という非常に興味深い現象がみえてくる.年齢が危険因子であるといわれる疾患は血栓,動脈硬化,脳梗塞,糖尿病,脳機能障害,癌など多くあるが,年齢とともに活性を上昇する血液凝固活性もこれら疾患の発症や進展に直接,あるいは間接に貢献していると考えられる.

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