日本人の平均寿命は,女性86.44歳,男性79.59歳(2009年調べ)まで延び,今や世界一の高齢社会となった。それに伴い,加齢が最大のリスクファクターである認知症の患者数も増加の一途を辿っている。2010年の時点で認知症の推定患者数は210万人と推定され,その病態解明とさらなる治療法の開発が強く望まれる。
認知症の基礎疾患で最多といわれるアルツハイマー病は,高齢者の認知症として出現する進行性の神経変性疾患である。アルツハイマー病では多系統の神経系が侵されるが,神経変性過程および症状発現の重要な要素は,コリン作動性神経細胞の脱落とニコチン性受容体の減少である。
アルツハイマー病におけるニコチン性受容体の作用機序の基盤について国際的専門家グループによりレビューしていただいた“Alzheimer's Disease and Nicotinic Acetylcholine Receptors: Neurocognitive enhancement and neuroprotection”の日本語版「アルツハイマー病とニコチン性受容体―神経保護作用および認知・行動システムを介した治療戦略」が出版されることとなった。訳者の川又純博士は,私の京都大学在任中以来一緒に仕事をしている研究者である。細心の配慮で各章を編集し,効果的な推敲を完遂し,細部にわたるまで忍耐強く本書をまとめ上げていただいた川又博士に謝意を述べたい。アルツハイマー病に関心のある医学生,臨床医および研究者に本書の一読を広くおすすめしたい。
(下濱 純「日本語版の発行によせて」より)
Preface
ニコチン性受容体を介した神経保護作用および認知・行動システム―アルツハイマー病治療の理論的根拠
Chapter1
概説 ニコチン性受容体とその中枢神経系における役割
Chapter2
アルツハイマー病および関連疾患におけるニコチン性受容体の異常
Chapter3
中枢神経系におけるニコチン性受容体の役割の研究に用いられるノックアウトマウスおよびノックインマウス
Chapter4
アルツハイマー病におけるニコチン性受容体およびβ-アミロイドのプロセシング
Chapter5
神経毒性およびアポトーシスに対するニコチン性受容体の保護作用
Chapter6
ニコチン性作用様式を有するコリンエステラーゼ阻害薬―神経保護作用の意義
Chapter7
ニコチン性作用様式を有するコリンエステラーゼ阻害薬―抗NGF抗体マウスにおける神経保護作用
Chapter8
アルツハイマー病治療を目的としたニコチン性アセチルコリン受容体による薬理学戦略
Chapter9
AD治療に用いられる各種AChEIのニコチン性特性とコリンエステラーゼ阻害特性の違い―前臨床研究と臨床研究の間にみられる相違の根拠か?