医療と哲学
第60回「悲嘆を分かち合うことが困難になる時代―グリーフケアと日本人(4)―」
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- 掲載誌
- THE LUNG perspectives Vol.27 No.1 76-78, 2019
- 著者名
- 島薗 進
- 記事体裁
- 連載 / コラム / 抄録
- 疾患領域
- その他
- 診療科目
- その他
- 媒体
- THE LUNG perspectives
グリーフケアが求められる時代とは,悲嘆を分かち合うことの困難が強く実感される時代でもある.童謡が流行った時代(20世紀の中葉)は,漠然とした悲しみを表現した童謡が老若男女に歌われた時代だった.そこでは,喪失を嘆きつつ,遠方から故郷を思う望郷の歌が好まれた.童話のなかには,悲嘆を分かち合うことへの希望の心情が表現されたものが多かったということである.だが,第二次世界大戦後はそうした喪失と望郷の歌をともに歌う機会も次第に減っていった.
ジェフリー・ゴーラーは悲嘆の文化の後退の背景として,宗教的な儀礼と教義の衰退をみていた.それはそれで意義深い洞察である.日本でもこの経過をよく理解する必要がある.だが,悲嘆を分かち合うことの困難は宗教的な儀礼の後退という観点からだけでは十分に理解できない.童謡を例に考えようとしたのは,広く人々の共同性や共感のあり方がどのように変化してきたかをみるのも重要だということである.
ジェフリー・ゴーラーは悲嘆の文化の後退の背景として,宗教的な儀礼と教義の衰退をみていた.それはそれで意義深い洞察である.日本でもこの経過をよく理解する必要がある.だが,悲嘆を分かち合うことの困難は宗教的な儀礼の後退という観点からだけでは十分に理解できない.童謡を例に考えようとしたのは,広く人々の共同性や共感のあり方がどのように変化してきたかをみるのも重要だということである.
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。
