非がん性慢性疼痛(chronic, noncancer, pain;CP)は深刻な問題である。2004年10月11日、WHOは、より良い疼痛緩和が急務であるとの世界的関心を喚起するため、初の「世界疼痛デー(痛みに対する世界デー;Global Day Against Pain)」を共催した。国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain)の報告によると、北米、欧州およびオーストラリアではCP罹患率が10.1~55.2%である。2011年、米国医学研究所(American Institute of Medicine)は、毎年1億人の米国国民がCPによって影響を受けていると推定している。さらに、米国医学研究所は、「良好な痛みの管理は、医療者にとって道徳的必須事項であり、職務上の責任、そして義務である」と表明している。オピオイド鎮痛薬は従来より薬局方で定められた疼痛管理薬であるため、CPの有病率を鑑みるとオピオイド鎮痛薬処方が増加傾向にあることは理解できる。合法的なオピオイド鎮痛薬の使用増加に伴い、偶発的過量服用による死亡をもたらす乱用問題も増加している。しかし、薬物乱用者の多くは薬物を医師以外から入手しており、オピオイド鎮痛薬誤用者のうち医師の処方のみから薬剤を入手しているのはわずか5人中1人で、69%は医療機関から薬物を入手していない。このことは、偶発的過量服用による死亡者の多くは患者ですらない、という筆者の見解と一致している。しかし、医師であるわれわれは、長期オピオイド治療(chronic opioid therapy;COT)を受けている患者の何人かが嗜癖(依存症)を発症し、薬物を不正流用(例えば、家族や友人に薬物を譲渡または非合法的に転売)する可能性があるということを常に認識している必要がある。
多くの患者は深刻な問題に直面することなく生涯COTの恩恵を受け続ける。実際、鎮痛薬乱用の問題が深刻さを増すなか、CP患者における乱用と嗜癖の有病率は低い(オピオイド鎮痛薬を処方されているCP患者の0.924%)という報告がある。この研究結果は、オピオイド治療を受けているCP患者においてオピオイド鎮痛薬の乱用/嗜癖が多発しているという事実と矛盾しているように見受けられる。筆者の経験によると、嗜癖を発症したオピオイド治療中患者の多くは医師の処方箋によって嗜癖を生じたのではなく、非合法的に入手した薬物によって嗜癖を生じている。しかしながら、長期間オピオイド鎮痛薬に曝されている者は誰でも依存症を発症するリスクがあるということを忘れてはならない。筆者の経験では、CP管理中に嗜癖に陥る特定の患者層が小さいながらも存在する。したがって、医師やその集学的チームはCOTを受けている患者をどのようにモニターし、診断し、嗜癖を管理するべきか知る必要がある。
この本ではCOTとは何か、CT治療にどのようなCOTが使用されるか、またCP患者の嗜癖管理はどのように行われるのかについて述べる。さらに、COTの副作用とリスクおよびCOT患者における常軌を逸した薬物関連行動の見抜き方についても触れていく。
(「はじめに」より引用)
1 はじめに
引用文献
2 慢性疼痛概論
慢性疼痛の定義
慢性疼痛の有病率
慢性疼痛の影響
患者ケア概論:慢性疼痛患者における期待のケア
継続ケアの重要性
引用文献
3 慢性疼痛および嗜癖患者のモニタリング
定義
慢性疼痛および嗜癖の有病率
慢性疼痛および/または嗜癖患者におけるオピオイド治療のモニタリング
コンプライアンスのモニタリング
リスク評価・軽減戦略(Risk Evaluation and Mitigation Strategy;REMS)アクセスプログラム
引用文献
4 慢性疼痛とオピオイド鎮痛の嗜癖をもつ患者のケア
ブプレノルフィン
引用文献
5 特別集団:妊娠,疼痛および嗜癖
一般的ケアにおける勧告
アセトアミノフェン
非ステロイド性抗炎症薬
抗うつ薬
抗てんかん薬
鎮痛薬
結論
引用文献
6 慢性疼痛および嗜癖患者ケアのアプローチ
嗜癖を発症した慢性疼痛患者
慢性疼痛を発症した嗜癖回復患者
嗜癖および慢性疼痛の妊娠患者
引用文献
結論
付録
オピオイドリスクツール(Opioid Risk Tool)
インフォームドコンセント書類の例
治療同意書の例
臨床的オピオイド鎮痛薬退薬症候スケール
(Clinical Opioid Withdrawal Scale)
引用文献