従来のバソプレシンの受容体拮抗物質は,やはりペプチドであったことにより,経口投与が有効でないこと,分解が速やかであること等の理由により,臨床面の研究に十分寄与することができなかった。しかし,1989年(発表は1991年)山村由孝ら(大塚製薬)が非ペプチド性選択的バソプレシンV1受容体拮抗薬を世界で初めて開発し,続いて非ペプチド性選択的V2受容体拮抗薬(モザバプタン塩酸塩)の開発に成功し,これがトルバプタンとして薬効の向上を見たことにより,バソプレシンと臨床との関係に新たな光が当てられることとなった。この受容体拮抗薬は,元来は慢性心不全ループ利尿薬連用の副作用である低Na血症改善という比較的狭い目的のため,開発されたものであるが,選択的V2受容体拮抗薬の観点からみれば,臨床応用はさらに広く展望されるべきである。
また,この薬剤分子の受容体との化学的統合の状態解析,情報伝達系への関与の定量的解析,体内動態等の基礎的研究も本薬剤の臨床応用の拡大,副作用の予見に寄与すると思われる。
この度,トルバプタンの我が国における慢性心不全患者の浮腫に対する臨床使用の承認を期して,我が国の斯界の第一人者である和泉徹(北里大学医学部循環器内科学教授),石川三衛(自治医科大学附属さいたま医療センター内分泌代謝科教授)が企画・編集された「バソプレシンと受容体拮抗―その基礎と臨床―」は,現時点におけるバソプレシン研究の状況を我が国の専門家が集大成し,現在進められている研究の一端をも紹介した好著である。編集者および各執筆者のご努力に感謝するとともに,この著書を基礎にして,我が国のバソプレシン研究がさらなる飛躍を遂げることを切望している。
(折田義正「監修のことば」より)
監修のことば
序文―新しい利尿効果をもつ選択的バソプレシンV2受容体拮抗薬に期待する―
第1章 基礎
1.バソプレシン遺伝子,合成,分泌と生理的調節
/はじめに /バソプレシン遺伝子とたんぱくの特徴 /バソプレシン産生部位と分布 /バソプレシン分泌と生理的調節 /最近のトピックス /おわりに
2.バソプレシン受容体:分布,構造とシグナル伝達
/はじめに /構造 /シグナル伝達 /バソプレシン受容体の機能的解剖学 /結語
3.バソプレシンのV1作用と循環調節
/要約 /はじめに /V1a受容体と基礎血圧 /V1a受容体による昇圧反応の臨床応用 /おわりに
4.バソプレシンのV2作用:AQP2調節と水代謝
/はじめに /腎臓での水輸送と尿濃縮 /集合管での水再吸収メカニズム /V2R-AQP2系の異常と水代謝
5.アクアポリン2の細胞内ダイナミクス
/要旨 /はじめに /AQP2の細胞内輸送の概略 /AQP2のエキソサイトーシスに関わる情報伝達系 /細胞骨格の役割 /AQP2をのせた小胞の管腔膜への癒合 /エンドサイトーシス /恒常的リサイクリング /AQP2モーターコンプレックスによる新規輸送制御メカニズムの解明 /おわりに
6.バソプレシン受容体拮抗薬の開発状況
/はじめに /V1a受容体拮抗薬 /V1b受容体拮抗薬 /V2受容体拮抗薬 /おわりに
7.バソプレシン受容体拮抗薬の薬理作用
/はじめに /バソプレシンV2受容体拮抗薬の薬理作用 /バソプレシンV1a受容体拮抗薬の薬理作用 /バソプレシンV1b受容体拮抗薬の薬理作用 /おわりに
第2章 バソプレシンと病態形成の関わり
1.うっ血性心不全
/うっ血性心不全とは /うっ血性心不全の発症メカニズム /うっ血性心不全病態形成におけるバソプレシンの働き /おわりに
2.低ナトリウム血症を伴う重症心不全
/はじめに /重症心不全患者における低Na血症と予後予測 /重症氏不全における低Na血症のメカニズム /重症心不全患者の治療と低Na血症
3.腎性浮腫
/はじめに /腎性浮腫 /バソプレシンと腎臓 /バソプレシンV2受容体拮抗薬とネフローゼ症候群 /今後の展望
4.多発性嚢胞腎―cAMPとバソプレシンV2受容体拮抗薬
/多発性嚢胞腎の分子疫学 /PKD遺伝子の遺伝子産物と細胞内情報伝達 /嚢胞腎とV2受容体 /まとめ
5.肝性浮腫
/肝性浮腫とは /肝性浮腫の病態 /バソプレシンと病態の関わり /トルバプタンなどの作用について /トルバプタンと低Na血症について /おわりに
6.腹水
/はじめに /肝硬変におけるバソプレシンの病態と病態生理学的意義 /バソプレシンV2受容体拮抗薬の腹水,低Na血症に対する効果 /V1a受容体アゴニストの肝腎症候群に対する効果 /おわりに
7.SIADH
/はじめに /低Na血症の病型と循環血液量 /診断基準 /病因 /鑑別診断 /低Na血症の発症機序とAVPエスケープ現象 /治療
8.精神疾患
/中枢におけるバソプレシン受容体 /精神疾患におけるAVPの役割 /AVP関連の精神疾患治療薬について
9.中枢性尿崩症
/はじめに /中枢性尿崩症の診断 /中枢性尿崩症の病型分類 /妊娠に伴う中枢性尿崩症 /多尿が顕著でない中枢性尿崩症 /中枢性尿崩症の治療
10.腎性尿崩症
/尿の濃縮の仕組み /原因 /治療
第3章 臨床
1.バソプレシン受容体拮抗薬の臨床成績
/はじめに /国内での臨床試験成績 /海外での臨床試験成績 /おわりに
2.バソプレシン受容体拮抗薬の薬物動態・薬理作用
/はじめに /V2受容体拮抗薬の薬物動態および薬理作用 /おわりに
3.心不全治療としての新しい水利尿薬トルバプタン―ナトリウム・水代謝の観点より―
/はじめに /体液量調節と浸透圧調節 /低Na血症の発現メカニズム /心不全における体液貯留と低Na血症の病態生理 /古典的利尿薬の心不全に対する効果の限界 /利尿薬が心不全の予後を改善させるとするこれまでの成績とRALES試験 /心不全における水利尿薬の意義 /心不全に対するトルバプタンの臨床治験成績 /Na・水利尿の観点からみたトルバプタン /おわりに
4.バソプレシン受容体拮抗薬の長期投与―心不全治療での可能性を探る
/はじめに /心不全長期予後を見据えての利尿薬とは /心不全例におけるAVP受容体拮抗薬の長期予後 /Comorbidityからみたトルバプタンの臨床効果 /おわりに
5.バソプレシン受容体拮抗薬と併用療法,相互作用
/はじめに /フロセミドとの併用療法 /薬物の相互作用
6.V2受容体拮抗薬の展望
/はじめに /バソプレシン(AVP)と病態 /利尿薬としての展望 /低Na血症治療薬としての展望 /抗心不全薬としての展望 /認知機能改善薬としての展望 /おわりに