新刊
精神科臨床 Legato
Vol.12 No.1 50-51,
2026より
【座談会 小児期逆境体験(ACE)について考える】
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』―グルーシェニカ論―
高橋 正雄
1880年に完成したフョードル・ドストエフスキー(1821~1881年)の『カラマーゾフの兄弟』(亀山郁夫訳,光文社)では,カラマーゾフ家の父親と長男とのグルーシェニカという女性をめぐる争いを軸に物語が展開するが,この父子間の深刻な対立を引き起こすグルーシェニカは,性格的にもきわめて特異な女性として描かれている。
今年22歳になるグルーシェニカは,世間では「売春婦」とか「ペテン師」呼ばわりされて,「老いぼれの商人で野暮な道楽者の町長サムソーノフの元妾」と噂されるなど,男を惑わす妖婦のような存在とみなされていた。
ところが,カラマーゾフ家の三男アリョーシャが彼女に会ってみると,「気の良さそうなかわいらしい女,たしかに美人ではあるが,世間一般の美人さんたちとさして変わらない,要するに『世間なみ』の女だった」と,事前の悪しき評判とは異なる印象を受けている。