Essay 痛みの記憶
幻肢痛還暦を迎えて猶
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- 掲載誌
- Practice of Pain Management Vol.6 No.1 54-55, 2015
- 著者名
- 嶋村正
- 記事体裁
- 抄録
- 疾患領域
- 神経疾患 / 骨・関節
- 診療科目
- 脳神経外科 / 整形外科 / 神経内科 / 麻酔科
- 媒体
- Practice of Pain Management
人は死の体験を語ることはまずできません.そのため痛みの体験を死と比して表現することは現実的には不可能と考えられますが,「痛みは死以上(に耐え難い)」,「痛みより死を(欲する)」などと痛みの辛さは表現され,何人も痛みへの耐性には限界が否めないことが強く示されています.洋の東西を問わない幾多の拷問の存在がその証左と考えられます.痛みの苦悩体感は身体的にも心魂的にも主観的であるため,当人以外にはわかりよう(わかるはず)がないということは皆が了知していることです.「他人の痛みは(本当のところは)わからない」,「医者も(この痛みを)患ってみろ」などの文言によく示されています.個の有する要件(当事者か否か,体験事か否か,得益事か否かなど)のため,事への応答多様性には限りがありません.除痛は“傷病者の権利・医療者の義務”とされるところ,60年間の病者(肢体不自由者)・40年間の医者(整形外科医)としての自分自身の幻肢痛についてこの機会に述べてみたいと思います.
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。
