てんかん余話
DRPLA発見秘話
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- 掲載誌
- Epilepsy Vol.13 No.2 54-55, 2019
- 著者名
- 内藤明彦
- 記事体裁
- 連載 / コラム / 抄録
- 疾患領域
- 神経疾患
- 診療科目
- 脳神経外科 / 神経内科
- 媒体
- Epilepsy
1966年春,私は山形県立鶴岡病院(現 山形県立こころの医療センター)に赴任した.その年の夏,鳥海山の麓から親子の患者が診察室にやってきた.これが最初のDRPLA(dentatorubralpallidoluysian atrophy)症例である.しかし,当時,この親子例が何という病気なのか診断がつかなかったので,新潟大学精神科に紹介して入院してもらった.
このあと,私は臨床を離れ,新潟大学脳研究所神経生理部門に移った.その頃の脳研究所は脳外科と神経病理部門が中心になって動いていたように記憶している.私自身,脳研究所時代,実験てんかんの研究に従事したり,動眼神経核の亜核局在の研究を行ったりして,患者のことはすっかり忘れていた.
このあと,私は臨床を離れ,新潟大学脳研究所神経生理部門に移った.その頃の脳研究所は脳外科と神経病理部門が中心になって動いていたように記憶している.私自身,脳研究所時代,実験てんかんの研究に従事したり,動眼神経核の亜核局在の研究を行ったりして,患者のことはすっかり忘れていた.
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。
