バソプレシンと受容体拮抗薬の臨床応用
尿崩症
Diabetes insipidus
Fluid Management Renaissance Vol.1 No.2, 22-25, 2011
Summary
中枢性尿崩症および腎性尿崩症は,抗利尿ホルモンであるバソプレシンの欠乏ないし作用障害により口渇,多飲,多尿をきたす疾患である。したがって,腎集合尿細管においてバソプレシンV2受容体作用を阻害するバソプレシン受容体拮抗薬は,尿崩症の治療薬として本来用いられるべき薬剤ではない。しかし,予想外にも一部の非ペプチド性バソプレシンV2受容体拮抗薬が,細胞内でchemical chaperoneとして機能し,遺伝性腎性尿崩症における変異バソプレシン受容体蛋白のミスフォールディングを修復することにより抗利尿作用を発揮することが明らかにされた。その効果は薬剤ならびに変異の種類により異なることから,現在基礎的ならびに臨床的検討が進められている。
Key words
■腎性尿崩症 ■V2受容体 ■chemical chaperone ■ミスフォールディング
はじめに
バソプレシン受容体はV1a, V1b, V2の3つのサブタイプからなり,おのおのの発現分布や共役する細胞内シグナル伝達系,ならびに生理的な役割は全く異なっている。その詳細は他稿を参照されたいが,概略のみを述べるとV1a受容体は脈管系に発現して血圧調節に,V1b受容体は中枢神経および下垂体前葉に発現して行動調節と副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone;ACTH)分泌調節に,そしてV2受容体は主として腎集合尿細管に作用して尿量調節に関与するほか,血管内皮細胞に発現して1-desamino-8-D-arginine vasopressin(DDAVP)によるvon Willebrand因子の分泌刺激作用を仲介している。
そもそもバソプレシンや同じく下垂体後葉ホルモンであるオキシトシンは,「神経内分泌」の概念が構築される契機となった神経ペプチドの元祖ともいうべきホルモンである。また,両ホルモンは最初に人工合成されたペプチドホルモンでもある。そのような背景から,これらの受容体遺伝子および蛋白が同定されるよりはるか以前から,作動薬,拮抗薬の開発が開始された。特にManningとSawyerらをはじめとしたペプチド化学者の貢献は大きく1),アミノ酸配列を改変ないし修飾する試みのなかで,現在臨床で広く用いられているDDAVPなど受容体選択的な作動薬が生み出された。また,1990年代以降はわが国において非ペプチド性のV1, V2受容体拮抗薬が引き続き開発され2)3),その後,諸外国の企業も加わって改良を重ねながら現在に至っている4)。
中枢性尿崩症とバソプレシン受容体拮抗薬
バソプレシンV2(およびV1b)受容体選択的作動薬であるDDAVPが中枢性尿崩症の治療薬として用いられていることは前述した。一方で,バソプレシン受容体拮抗薬のうち臨床で用いられているV2受容体拮抗薬ないしV1/V2受容体拮抗薬は,基本的に内因性リガンド(バソプレシン)作用を遮断することにより効果を発揮する。したがって,V2受容体拮抗薬の場合,腎集合尿細管におけるバソプレシン作用(抗利尿作用)に拮抗して尿濃縮を阻害することはあっても,尿濃縮に促進的に作用することは考えがたい。筆者はかつて非ペプチド性バソプレシンV2受容体拮抗薬であるOPC-31260の臨床治験に参加した際,内服後速やかに尿量が増加するとともに尿浸透圧は最大希釈状態(約50mOsm/kg)まで低下し,同薬剤が薬理学的に尿崩症状態を招来する強力な作用を有することを実感した経験がある。したがって,バソプレシン受容体拮抗薬は,他稿で述べられているとおりバソプレシン分泌過剰症(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone;SIADH))に対する治療や,心不全などにおける水利尿薬としてはきわめて有効であるものの,中枢性尿崩症に対する治療薬として用いられる可能性は少ない。現在開発中の経口摂取が可能な非ペプチド性V2受容体作動薬が臨床応用可能となれば,DDAVPの点鼻投与が行われているわが国の中枢性尿崩症治療にとって大きな福音となろう5)6)。また,V2受容体を介した尿濃縮機構では,軽度の尿濃縮作用が存在するだけで尿量は劇的に減少する(たとえば,尿浸透圧が50mOsm/kgから100mOsm/kgに上昇すると,尿量は理論的には半減する)。したがって,数多く開発されている非ペプチド性バソプレシンV2受容体拮抗薬のなかに,部分的受容体作動薬(partial agonist)としての作用をわずかでも有する薬剤が存在すれば,V2受容体拮抗薬でありながら中枢性尿崩症の治療に応用しうる可能性は残されている。しかし,そのような薬剤の存在は現時点では報告されていない。
なお,中枢性尿崩症の治療に用いられているDDAVPは,尿崩症の鑑別診断のほか下垂体前葉機能評価,特にCushing病の診断に用いられる(本邦未承認)。下垂体前葉のACTH産生細胞にはV1b受容体が発現し,バソプレシンは生理的な状況下でも副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone;CRH)より弱いながらACTH分泌刺激作用を有している。実際,CRHが発見される以前は,大量のバソプレシン(ピトレシン®)を投与して下垂体ACTH分泌能を評価する方法が用いられていた。現在では,DDAVPに同様の効果があること,この効果は特にCushing病(ACTH産生下垂体腺腫)において著明であることが明らかにされ7),同疾患の診断基準に組み込まれている。本来V2受容体選択的作動薬であるDDAVPがいかなる機序で下垂体ACTH分泌促進作用を有するかは長らく不明であったが,DDAVPがV1b受容体に対しても作動薬としての作用を有すること8),ならびにACTH産生下垂体腺腫細胞がV1b受容体を過剰発現していること9)10)が明らかにされるに及び,この現象の分子病態的基盤が解明された。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。