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Listen to the Great

間中信也×平田幸一

間中信也平田幸一

Headache Clinical & Science Vol.2 No.1, 32-39, 2011

立派な外科医になることを夢見た青年時代
平田 『Headache Clinical & Science』第2号では,頭痛学会のみならず頭痛全般に貢献されていらっしゃる,間中信也先生にお越しいただきました.まずは幼少期の夢からお話しいただけますか.

間中 子どもの頃の私はとにかくいたずらっ子でした.高いところに登るのが好きで,木があれば登り,敷地や隣家の屋根から屋根へ飛び回って遊んでいました.実家が外科病院だったこともあって,夢は立派な外科医になることでした.憧れはブラックジャックのような名医でしたね.

立派な外科医になることを夢見た青年時代(続き)

平田 尊敬する人はどなたですか.
間中 小田原出身の二宮金次郎には特別な思い入れがありますし,昔からアインシュタインを尊崇しています.アインシュタインは頭痛持ちだったようで,私は患者さんに励ましとして「片頭痛の方は優秀で,アインシュタインにも片頭痛があった」とよく話しています.
平田 医学部時代の印象に残っている出来事はございますか.
間中 何といっても安保(日米安全保障条約)闘争とそれに続く学園紛争ですね.毎日のようにデモがあったので,正直なところ何で反対なのかよくわからないまま,私も参加していました.その安保闘争に続いて大学紛争が始まり,在学中は“予兆”という段階だったのですが,卒業後に“大発作”が勃発し,これを境に大学に対する価値観ががらりと変わりました.
 そして東大安田講堂事件(1969年1月18~19日)冷めやらぬ昭和44(1969)年4月4日に,私の受け持ち患者さんが高圧酸素タンクの爆発で亡くなってしまいました.本来ならば受け持ちとして私もタンクに入るところでしたが,他の用事があって入りませんでした.もし入っていれば今の自分はないわけで,運命を感じてしまいます.

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