私と胃癌
第7回 ピロリ菌除菌による胃癌予防はどこまで可能なのか?
胃がんperspective Vol.10 No.2, 70-74, 2019
胃癌はわが国の歴史上最も多くの人の命を奪った悪性新生物として認知されている。私が卒業した1972年当時は,癌の中で罹患者数,死亡者数ともに胃癌がトップであり,文字通り,胃癌はわが国において癌の王様であったのである。そのためわが国の癌研究はほとんどが胃癌に特化されて行われ,1960年代にわが国の研究者の総力をあげて早期胃癌の概念を世界に先駆けて作り上げた。胃癌の浸潤が粘膜または粘膜下に留まっているものを早期胃癌として定義した。早期胃癌の予後は通常の胃癌よりはるかに良く5年生存率は90%を超える。したがって胃癌を早期の段階で診断できれば胃癌で亡くなる可能性は著しく低下するのである。そのためわが国では,診断技法としての胃バリウム検査,胃内視鏡検査が急速な発展を遂げた。消化器内科医を中心に胃癌を診断する技術を磨くための研究会が日本国中に設置されていった。早期胃癌の概念は数年でわが国中に広がり,胃癌の早期診断の重要性にほとんどすべての医師たちが理解を示したのである。その結果,わが国の胃癌の5年生存率は約60%に上昇し欧米先進国をはるかに凌駕していった。
欧米では早期胃癌の中でも粘膜内癌を癌と認めず,dysplasia(異形成)と診断している。そのため欧米からは,日本では胃癌の前癌病変を早期胃癌として診断し治療をしているので他の国より予後が良いのではないかとの疑問が投げかけられていた。わが国の病理医が胃粘膜細胞の核や腺管構造の異型があると癌と診断するのに対し,欧米の病理医は異型腺管が粘膜筋板を超えた浸潤所見がないと胃癌とは診断しないでdysplasiaと診断しているためである。この胃癌診断におけるわが国と欧米の解離は今に至るまで十分に解消されていない。
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