ヒポクラテスは,それまで神による病気とみなされていた「神聖病」を脳の病気であると喝破したが,その後も人々だけでなく医師のあいだでも,てんかんは悪霊の憑依か超常現象とする見方が根強かった1).新約聖書の福音書であるマタイ,マルコ,ルカのいずれにも,イエスがてんかんの男児から悪霊を追い出しててんかんを治癒させたエピソードが記載されている.中世には医学が停滞し,修道院が貧者や病人の避難所になったが,いわゆる修道院医療はヒポクラテス医学の伝統を引き継ぐことはなく,もっぱら祈りと看護に限られた.カトリックの世界ではてんかんは悪魔による憑依と考え,てんかんのある人は司祭,司教,律法学者になることはできなかった.
修道院は俗界から離脱して禁欲と祈りと苦行により霊魂の救いを得ようとする場所で,院内には病気や年老いた修道士のための病舎があった.修道士が亡くなると伝記が書かれ,各修道院に配布されて回し読まれていくことで相互の絆を深めるといった伝統があった.閉鎖された社会での生活には特別な出来事もなく,おのずから伝記の内容には,故人の夢や神秘体験などが満載された.そのなかで,神からの啓示を受けて回心したり,神と一体化した法悦を体験したり,さまざまな奇蹟を実現した修道士たちは聖人として崇敬された.このような神秘体験をもつカトリックの聖人たちは,しばしばてんかんに擬せられた(表,図)2-4)