はじめに
静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism;VTE)は,静脈系で形成された血栓が遊離して他臓器を塞栓する疾患の総称である。塞栓化される臓器は,卵円孔開存に伴う奇異性脳塞栓症などの特殊な場合を除き,静脈血が最終的に下大静脈に合流したのち再分岐する肺(肺動脈)である。このため,VTEの病態は大きく①肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism;PTE),②PTEに伴う右心不全,③塞栓源となる深部静脈血栓症の3つに分けられる。
本稿では,まず肺病変,心病変につき概説する。
1 PTEの分類
PTEは,臨床的に閉塞範囲と発症時期により分類される。血栓の閉塞範囲により広範性(葉動脈2本以上),亜広範性(区域動脈1本以上),微小PTEに分類される。また,発症時期から急性,亜急性,慢性とに分類することもできる。このなかで,急性広範性PTEは急性右室負荷によるショックを呈しやすく,死亡率が30%,そのうち40%以上が発症後1時間以内の死亡となる重篤な病態である。慢性反復性PTEの場合,高度の肺高血圧による右心不全が症状の主体であり,高度に肺高血圧が進行した例は慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension;CTPH)と呼ばれ,外科的内膜s離術の適応となる。このように,両者は対極的な病態を呈するが,後述するように反復性VTEの進行によって無症候性に急性から慢性にシフトする,もしくはその経過中に急性発作により顕在化する例が存在するため,両者はVTEによる一連の病態と考えることができる1)2)。
2 急性広範性PTEの病理(図1)
肺門部に新鮮血栓が認められる。血栓塞栓子は,何本かが束状に積み重なり捻れて全体として騎乗血栓として存在し,血管壁との反応がほとんどないため容易に肺動脈壁からs離される(図1A,B)。しばしば,塞栓源を反映し静脈弁の形状を確認できる。肺は貧血状であるが,肺梗塞をきたす例は少ない。これは,肺梗塞に至る病理学的変化が生じる前に死亡する例が多いことと,気管支動脈との二重支配のため梗塞になりにくいためと考えられている。
ところで,臨床的に1回発症型の急性広範性PTEと考えられる症例の多くは,病理的に過去のPTEによる器質化血栓を確認することができる(図1C,D)。非広範性のPTEは重篤な臨床症状がないまま血栓が溶解されてしまい,確定診断がつかない例が少なくないためである。潜在的に反復性PTEの経過が進行し,最終的に急性広範性PTEとなって顕在化する事例はacute on chronic PTEと呼ばれる。実際,PTEによる突然死例で潜在性PTEによる器質化血栓の検出頻度の高い例では,生前PTEに起因すると考えられる自覚症状が認められていた例が多い3)。
3 慢性反復性PTEの病理(図2)
肺動脈は,近位部まで器質化血栓により閉塞するため起始部で高度に拡張し,また肺高血圧に伴う肺動脈の硬化や肥厚がみられる(図2A)。血栓の器質化による病変が肺動脈の随所に認められ,しばしば内腔にbandまたはwebと呼ばれる白色の索状ないし網状物を形成する(図2B~E)。Bandやwebは外科的内膜s離術の対象物であるが,手術対象部位となる区域動脈領域よりさらに末梢側の弾性動脈や筋性動脈にも認められ,肺高血圧に影響しているものと考えられる(図2D,E)。また,過去に形成された器質化血栓に新たな血栓塞栓子が捕捉されている像も認められる(図2B)。
4 PTEにおける心病変(図3)
肺動脈な閉塞による右室の容量負荷は,急性右心不全(acute cor pulmonale)となり形態的に高度の右室拡張による心室中隔の扁平化や右室前壁が左室からせり出すように突出する所見がみられる(図3A)。慢性PTEによる右室の圧負荷が継続すると,右心肥大に至る。右心肥大は下壁および乳頭筋の肥大から始まり(図3B),右室負荷が高度になると自由壁を含め,右室は全周性に肥大する(図3C)。
文 献
1)呂 彩子,景山則正,福永龍繁:静脈血栓塞栓症;成因・診断から治療・予防まで:成因と病態.臨画像 22:246-256,2006
2)Ro A, Kageyama N, Tanifuji T,et al:Pulmonary thromboembolism;overview and update from medicolegal aspects. Leg Med(Tokyo)10:57-71, 2008
3)Ro A, Kageyama N,Tanifuji T,et al:Autopsy-proven untreated previous pulmonary thromboembolism;frequency and distribution in the pulmonary artery and correlation to patients' clinical characteristics. J Thromb Haemost 9:922-927, 2011
東京女子医科大学医学部法医学講座講師
呂 彩子