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Meet the Boss

都島基夫×広瀬信義

都島基夫広瀬信義

The Lipid Vol.22 No.3, 100-107, 2011

“Boss”との想い出
 都島先生に初めてお会いしたのが1977(昭和52)年ですので,もう30年以上にわたりご指導をいただいております.先生の印象をまとめますと,臨床から得た所見を生かした斬新な発想で研究を行っていること,いろいろなところに赴任されましたがどこでもきちんと臨床と研究を行っていることです.いつも明るくお元気で落ち込んでいるところをみたことがありません.

 前向き思考でかなり大変だろうなと思うようなときもそれを乗り越えて,立派な業績を出しておられます.私は今百寿者の研究を行っておりますが,これは都島先生の長年にわたって行っていた疫学調査の影響を受けたためと思います.研究室に入ってからしばらくして小千谷での疫学調査に参加したことがとても印象に残っております.百寿者の方の特徴として,前向き思考,明るいなどがあげられますが,都島先生もこれにぴったり当てはまります.必ず100歳になると思います.これからもお元気でご活躍ください.また今後ともご指導をお願いいたします.

雑草の生き方支えた「努力に勝る天才はなし」

──先生は関連施設に出られても必ず戻ってきて,経験を生かした研究をされました.五島雄一郎先生が言われた「雑草のごとく」そのままの生き方だったと感じます.まず,小さい頃のお話から聞かせてください.
「生まれたのは太平洋戦争が始まる9日前です.空襲警報で防空壕へ入った記憶はあるんですよ.今の養老のあたりに疎開したんですが,そこから名古屋が空襲を受けているのを,夜中におしっこに起こされたときに見た覚えがあるんです.聞いた話では,僕が最初に覚えた歌が,『勝ってくるぞと勇ましく~』だったらしいです」
「戦後は,名古屋では食べ物がないというので,僕ら子供は木曽川の近くの水郷地帯に移り,そこでおふくろは医者をやって,親父は名古屋で開業して,土日だけ帰ってくるという生活でした.小学校もそこでいったんですけれど,田んぼの畝を渡って叱られたり,ヒルに噛まれたり,木に登って親父が来るのを待ち構えたり,そんな野生児のような生活をしていましたね」

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