超高齢社会の進展に伴い,認知症は公衆衛生上の課題となっている。2040年には本邦の65歳以上の高齢者の約15%が認知症に罹患すると推計されている1)。このような状況下で,認知症の予防や早期発見のための新たな指標の確立が求められている。特に,生活習慣の改善や環境因子の修正など,予防可能なリスク因子の同定とその対策が重要視されている。

この文脈において,歯科口腔機能の低下,特に歯の喪失と認知機能低下との関連が注目を集めている。複数の疫学研究により,歯の喪失が認知症発症リスクを高めることが示唆されており2),その影響経路は多岐にわたることが明らかになってきている。後述するように,歯の喪失による咀嚼機能の低下は,食事内容の変化や栄養状態の悪化を引き起こす。また,歯周病による慢性炎症は全身の炎症状態を惹起し,認知機能に影響を与える可能性も指摘されている3)。歯科口腔機能と全身健康の関連についての理解は,近年急速に深まっており,特に炎症性メディエーターを介した全身への影響や,栄養状態を介した間接的な影響など,複数の作用機序が明らかになってきている。特に注目すべきは,社会的孤立や孤食が認知機能に影響を与える可能性である4)。以上は,歯科口腔機能の低下が直接的な影響に加えて,食事内容や食事形態の変化を介して,認知機能に複合的な影響を及ぼすことを示唆している。