文学は時に精神科医や精神医療を批判するという役割を果たすように思われるが,1874年に英国の作家ウィルキー・コリンズが発表した『狂気の結婚―事実に基づいた話―』1)には,不当に精神科病院に入院させられたと訴えるローランドという青年が登場する。

この作品の語り手のメアリーが,サセックス州沿岸のイーストボーンに父や兄と一緒に滞在していたときのことである。メアリーは,落馬事故の後遺症で頭痛を訴えていた兄の転地療養のために来ていたのだが,その日も頭痛を訴える兄と散歩に出かけると,いつもどおり静かな調子で話していた兄が不意に黙り込んでしまった。メアリーが振り返ると,「兄は道にうつ伏せに倒れ,見るのも恐ろしいほどの痙攣を起こしていた」のである。