私は1978年に新潟県で生まれ,血友病Aの重症型と診断されました.医師を目指した理由の1つには「自身が子どものときに血友病で苦労した経験から,同じ病気の子どもたちの力になりたい」という思いがありました.ただ,私の場合は第一に「病気の自分が社会で生きていくためにはどうすればよいのか,どんな職業に就けばよいのか」を考え,その結果として医師という職業を選んだという経緯があります.
血友病の定期補充療法が普及した今日では,血友病であっても適切な製剤輸注を行えていれば非血友病の子どもたちとほとんど変わらない生活を送ることができます.しかし,血友病治療の歴史をさかのぼると,濃縮凝固因子製剤による新しい治療が本格的に始まったのは1970年代末でした.私が子どものころには血液凝固因子製剤による出血抑制や血友病性関節症の予防,関節保護効果といった現代の常識はまだなく,血友病の子どもが普通に生活することが難しい時代でした.実際,私の右膝関節は物心がつくころには出血をくり返す標的関節になっていたため,幼稚園に入園したもののあまり歩くことができず,小学校でもほかの子どもたちと同じように学校生活を送ることが難しい状況でした.そこで小学校2年生の3学期から新潟県内の病院に入院し,併設されている特別支援学校に通うことになったのです.
中学を卒業するまでの7年間,私は病院から特別支援学校に通学しました.「いつかは退院して社会に出るんだろうな」と思いながらも,あまりに長く入院していると自身の意識も「病院の子」になってしまいます.中学生の私にとって,将来の夢は何よりもまず「普通の生活を送ること」でした.その夢を実現するため,親に送り迎えをしてもらいながら,松葉杖を突いて高校に通い始めました.非血友病の人たちと同じように仕事をして,家庭をもつと想像したとき,「私には歩き回ったり身体を使ったりする仕事はまずできそうにない,なんとか頭を生かすような仕事に就かなくては」と考えたのです.そして社会的にも経済的にも安定した職業,「血友病」という病気に理解がある職場環境,という条件のもと,医師の道を目指しました.