椛島 2006年にフィラグリン遺伝子との関連が明らかにされて以来,アトピー性皮膚炎の治療は急速に進歩し,生物学的製剤による治療も始まっています.私たちはその最先端の部分に注目してしまいがちですが,このようなときにこそ歴史を振り返り,今日に至るまでの変遷を見直す必要があると考え,西岡先生と塩原先生をお招きしました.まず西岡先生から,湿疹の歴史について,ご紹介をお願いします.
西岡 1923年に,Cocaらが正常な過敏症と異常な過敏症の概念を提唱しました1).正常な過敏症のカテゴリーには接触皮膚炎のようなものが分類され,異常な過敏症にはアナフィラキシー,感染症,アトピーが分類されています.アトピーは喘息や枯草熱を中心とした概念でしたが,皮膚病にもこれに該当する疾患があると考えたSulzbergerらが,1933年に初めてアトピー性皮膚炎(atopic dermatitis;AD)と名付けました2).
さらに歴史をさかのぼると,それまでバラバラに扱われていた皮膚病を,発疹の形で分類したのがWillanです.1800年代の初頭に,彼の教えを受けたBatemanが書いた教科書では,たとえば丘疹のカテゴリーのなかにストロフルス,苔癬と痒疹があるといった分類がなされ,湿疹は小水疱の疾患だとされています3).
1800年代の半ばになると,lichen planus(扁平苔癬)を最初に記載したことで知られるErasmus Wilsonが,湿疹は小水疱だけではないと主張します4).porrigo larvalis(仮面様膿瘡)という疾患は,膿疱ですから,小水疱の疾患である湿疹には分類されていませんでしたが,湿疹の発疹はさまざまで1つにはまとめられないとして,小児湿疹という概念が提出されました.このErasmus Wilsonの提唱した小児湿疹は難治とされ,この概念がADの大元だと考えられます.
また,1800年代後半には,痒疹をめぐる仏語圏と独語圏の皮膚科医の論争が起こります.von Hebraの名前に由来するHebra’s prurigo(ヘブラ痒疹)は,伸側にしかできません5).かゆみのため長く搔き続けているうちに,AD様になる可能性も言われていましたが,肘窩や膝窩ではなく伸側に丘疹が出ることから,それは否定されたわけです.一方,Besnierは,10代後半の男性3例の症例供覧をするのですが,湿疹が小さい頃からずっと続いていた子と,途中から出てきた子がいました6).かゆみが中心にあって長期に続き,全体に苔癬化,湿疹化して,やがて黒く色素沈着を起こす経過をたどるその疾患は,「prurigo diathésique(体質性の痒疹)」と名付けられました.
西岡 1923年に,Cocaらが正常な過敏症と異常な過敏症の概念を提唱しました1).正常な過敏症のカテゴリーには接触皮膚炎のようなものが分類され,異常な過敏症にはアナフィラキシー,感染症,アトピーが分類されています.アトピーは喘息や枯草熱を中心とした概念でしたが,皮膚病にもこれに該当する疾患があると考えたSulzbergerらが,1933年に初めてアトピー性皮膚炎(atopic dermatitis;AD)と名付けました2).
さらに歴史をさかのぼると,それまでバラバラに扱われていた皮膚病を,発疹の形で分類したのがWillanです.1800年代の初頭に,彼の教えを受けたBatemanが書いた教科書では,たとえば丘疹のカテゴリーのなかにストロフルス,苔癬と痒疹があるといった分類がなされ,湿疹は小水疱の疾患だとされています3).
1800年代の半ばになると,lichen planus(扁平苔癬)を最初に記載したことで知られるErasmus Wilsonが,湿疹は小水疱だけではないと主張します4).porrigo larvalis(仮面様膿瘡)という疾患は,膿疱ですから,小水疱の疾患である湿疹には分類されていませんでしたが,湿疹の発疹はさまざまで1つにはまとめられないとして,小児湿疹という概念が提出されました.このErasmus Wilsonの提唱した小児湿疹は難治とされ,この概念がADの大元だと考えられます.
また,1800年代後半には,痒疹をめぐる仏語圏と独語圏の皮膚科医の論争が起こります.von Hebraの名前に由来するHebra’s prurigo(ヘブラ痒疹)は,伸側にしかできません5).かゆみのため長く搔き続けているうちに,AD様になる可能性も言われていましたが,肘窩や膝窩ではなく伸側に丘疹が出ることから,それは否定されたわけです.一方,Besnierは,10代後半の男性3例の症例供覧をするのですが,湿疹が小さい頃からずっと続いていた子と,途中から出てきた子がいました6).かゆみが中心にあって長期に続き,全体に苔癬化,湿疹化して,やがて黒く色素沈着を起こす経過をたどるその疾患は,「prurigo diathésique(体質性の痒疹)」と名付けられました.

