2011年8月に横浜で開催された第75回日本循環器学会総会・学術集会ランチョンセミナーでは,「糖尿病を伴う動脈硬化の治療戦略」をテーマに取り上げ,2名の演者を迎えた。座長の倉林正彦氏(群馬大学大学院医学系研究科臓器病態内科学教授)は,「糖尿病と動脈硬化の関わりはますます重要となっているが,冠動脈疾患や脳卒中と並んで糖尿病における末梢動脈疾患(PAD)の発症も非常に重要になってきている」と口火を切った。

講演1の吉田雅幸氏(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科先進倫理医科学教授)は,糖尿病における動脈硬化の発症メカニズムについて解説し,セロトニン受容体,特にセロトニン2A受容体シグナリングを抑制する臨床的意義を基礎的な観点から紹介した。

講演2の小川久雄氏(熊本大学大学院生命科学研究部循環器病態学教授)は,糖尿病患者における抗血小板療法の意義について概説するとともに,糖尿病患者では同じ抗血小板薬でも薬剤により異なる効果を有することにも言及した。


講演1

糖尿病における動脈硬化発症のメカニズム

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科先進倫理医科学教授

吉田雅幸 氏


講演2

糖尿病患者における抗血小板療法の意義

熊本大学大学院生命科学研究部循環器病態学教授

小川久雄 氏



座長

群馬大学大学院医学系研究科臓器病態内科学教授

倉林正彦



演者

熊本大学大学院生命科学研究部循環器病態学教授

小川久雄



日本人における動脈硬化性イベントに関するエビデンス

小川氏らは,これまでに日本における急性心筋梗塞二次予防や動脈硬化性イベント一次予防のエビデンスをいくつも発信している(表1)。




1994年から The Japanese Antiplatelets Myocardial Infarction Study(JAMIS)を開始し,心筋梗塞の二次予防に少量のアスピリンが有用であるという結果を,保険適用がない時代に明らかにした。また,1998年からThe Japanese βblockers and Calcium antagonists Myocardial Infarction(JBCMI)を行い,欧米では心筋梗塞の二次予防にβ遮断薬が有効であるといわれていたが,日本人ではCa拮抗薬が有効であることを示した。さらに,日本人におけるスタチンのエビデンスがなかったため,JBCMIにおいてスタチン使用率が25%だったこともあり,その使用率を高めたMUlticenter Study for Aggressive Lipid-lowering Strategy by HMG-CoA Reductase Inhibitors(MUSASHI)を2002年~2006年まで行った。その結果,心筋梗塞の二次予防にスタチンが有用であることを明らかにした。

また,動脈硬化性イベント一次予防のエビデンスとして,2002年~2008年にかけてThe Japanese Primary Prevention of Atherosclerosis With Aspirin for Diabetes(JPAD)Trialを実施し,高齢糖尿病患者の一次予防に低用量のアスピリンが有用であるという結果を示した。そのほかに,2005年~2010年にはOlemesartan and Calcium Antagonists Randomized(OSCAR)Studyを行い,心血管疾患を有する高齢高血圧患者にはアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)とCa拮抗薬の併用が有用であることを報告している。



JAMIS

JAMISでは,全国18都府県70病院の急性心筋梗塞患者744例を対象に,無作為にアスピリン群,トラピジル群,対照群の3群に分けて検討したところ,アスピリンは心筋梗塞再発を抑制するという結果が1999年に示された。この結果を受け,2000年からアスピリンが保険適用になった。

同氏が凝固系の研究に取り組むなかで,発作が頻発している不安定狭心症患者と安定狭心症患者に対して方向性冠動脈粥腫切除術(DCA)が行われた際にその組織片を観察したところ,発作が頻発している患者ではマクロファージ浸潤が非常に多いことがわかったという。そこで,マクロファージと同時に組織因子も染色したところ,この2つが共局在していたことから,不安定狭心症では炎症が強いためマクロファージが増え,組織因子の発現も増加すると考えた。さらに,血中の組織因子レベルも不安定狭心症患者は安定狭心症患者に比べ高いことがわかり,1999年に「Circulation」に報告した。また,不安定狭心症患者のなかで組織因子が高値の群と低値の群に分けて16~18ヵ月の予後を調べ,高値群はイベントを起こしやすいことも明らかにした。相川眞範氏(ハーバード大学)がこの研究を発展させ,脂質異常症を起こしやすいウサギに脂質異常症食を与えると,マクロファージが増えて組織因子の発現も亢進するが,スタチンを投与するとマクロファージも組織因子も減少するというデータを2001年に「Circulation」に報告している。



MUSASHI

Multicenter InSync Randomized Clinical Evaluation(MIRACLE)をはじめ多くのデータが出ているなかで,小川氏らはコレステロールがあまり高くない日本人患者においてもスタチンは有用であるというMUSASHI-AMIの結果を報告した。それと同時に,狭心症を含めた1019例をスタチン非投与群とスタチン投与群に分けた検討もしている。非投与群では糖尿病患者146例,非糖尿病367例,スタチン投与群では糖尿病155例,非糖尿病348例であった。これは,糖尿病患者301例のうち155例がスタチン投与例,146例がスタチン非投与例,非糖尿病患者715例のうち348例がスタチン投与例,367例がスタチン非投与例ということである。そして,糖尿病,非糖尿病のどちらにおいてもスタチンは有効であるが,糖尿病患者でスタチンの効果がより大きいことを明らかにした。理論的な背景は明確にはなっていないが,糖尿病患者は凝固系が亢進しているため効きやすいのではないかと同氏は考えている。



糖尿病患者では血小板凝集能が亢進

同氏は,線溶系の研究も行っている。プラスミノーゲンをプラスミンに変換するのが組織プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)で,それを抑制するのがプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター(PAI)-1であるが,生体内ではPAI-1のほうが重要な要素であるといわれていたが明らかではなかった。そのような状況のなか,安定狭心症患者の長期予後を検討したところ,糖尿病患者は非糖尿病患者に比べ非常に予後が悪く,またPAI-1が8.4未満の正常な群はイベントをほとんど起こさないが,8.4以上の高値群ではイベントを起こしやすいことも明らかにしている。さらに,非糖尿病でPAI-1が正常な群を1とすると,糖尿病でPAI-1が高値の群の冠動脈イベント発生リスクは約4倍で,非糖尿病でもPAI-1が高値であればイベント発生リスクは2.5倍になるが,糖尿病があってもPAI-1が高くなければイベント発生率はあまり高くないというデータも示した。これは,糖尿病患者は凝固能が亢進していて線溶能が落ちているということを意味する。

血栓の形成においては血小板凝集も重要であり,同氏らは急性冠症候群ではコントロールや安定狭心症患者に比べ,血小板凝集塊が多く認められていることを明らかにしている。さらに,安定労作狭心症だけでは血小板凝集能の亢進はないが,安定労作狭心症に糖尿病が加わると血小板凝集塊ができることも示しており,これは糖尿病患者では血小板凝集能が亢進していることを示唆している。



血小板凝集能の長期予後への影響

次に,同氏らは血小板凝集能の長期予後への影響について,安定狭心症患者の血小板凝集塊を4段階に分けて検討した。そして,血小板凝集塊が1.4×104V以下のQuartile 1,2,3では心血管系イベント発生リスクはほとんど変わらないが,1.4×104Vよりも大きいQuartile 4では4倍になり(図1),血小板凝集能が高いと非常に予後が悪いという結果を示した。




また,75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)後に血小板小凝集塊数を測定したところ,OGTT後60分にピークがあることも明らかにしている。さらに,血小板小凝集塊数は血漿インスリン値とは相関はないが,血糖値と相関するという結果を出した。

血小板凝集能については,同氏は急性冠症候群に関するデータを多く報告しているが,末梢動脈疾患(PAD)にも注目すべきであるという。胸痛を有する130例を,狭心症+PAD群42例,冠動脈疾患のみの群56例,コントロール群32名に分け血小板凝集能を検討したところ,PADがあると血小板凝集能が非常に亢進していたことから,これが合併の特徴ではないかと強調した。

しかし,血小板凝集能は採血してから活性化する可能性があり,生理的な活性化をみていない可能性がある。そこで,活性化血小板が放出する血小板由来マイクロパーティクルを生体内血小板活性化の指標になりうるのではないかと考え,ファックススキャンを用いて血小板由来マイクロパーティクルをダイレクトにみて,糖尿病患者は明らかにマイクロパーティクルが増えていることを示した。野村昌作氏(関西医科大学)もELISA法で糖尿病患者ではマイクロパーティクルが増えていることを示しており,さらにそれはセロトニン受容体拮抗薬であるサルポグレラートで治療することによって低下することを報告している。



セロトニン受容体拮抗薬の血小板凝集能およびPAI活性に対する効果

そこで,小川氏はサルポグレラートの血小板凝集能およびPAI-1活性に対する効果を検討した。対象はアスピリン内服中の安定労作狭心症患者22例で,サルポグレラートを7日間追加投与し,投与前後の血小板凝集能を小凝集塊,中凝集塊,大凝集塊で分けて計測した。凝集惹起物質としてセロトニンとコラーゲンを同時添加し,その投与前後でPAI-1活性とセロトニンも測定した。その結果,冠動脈病変が多枝疾患,一枝疾患,胸痛のうち,多枝疾患ではセロトニン濃度が有意に高いことがわかった。

さらに,セロトニン濃度が高値の群と低値の群に分けて比較すると,高値群は血小板凝集能も亢進していることが明らかになった。そこで,アスピリンにサルポグレラートを併用したところ,血小板小凝集塊はアスピリン単独群と差はなかったものの,大凝集塊についてはアスピリン単独群とサルポグレラート併用群に有意な差が認められた(図2)。




また,アスピリン単独群とサルポグレラート併用群でセロトニン濃度に変化はなかったが,PAI-1活性について有意な差があることが明らかになった(図3)。




サルポグレラートは血小板凝集にも線溶系にも有効であることを示し,イベント抑制に非常に効果的ではないかということが示唆されたのである。



ガイドラインにも貢献したJPAD

JPADは,斎藤能彦氏(奈良県立医科大学)が糖尿病患者は非常にイベントが多いことから,アスピリンでその予防ができるのではないかというアイデアを出し,JAMISを行っていた小川氏とともに実施することになった試験である。プロトコールは非常にシンプルで,糖尿病で冠動脈疾患,脳動脈疾患,PADがない症例を対象に,低用量アスピリン群と非アスピリン群に無作為に割り付けている。小川氏は,それまでJAMIS,JBCMI,MUSASHIを循環器専門医の先生方と一緒に行っていたが,JPADは開業医の先生方と共同で実施した研究であり,日本の163施設で2002年12月~2005年5月に開始され,2008年4月まで追跡された。

2567例が登録され,アスピリン群1262例,非アスピリン群1277例に分けられ解析されている。ベースライン時の臨床特性として血圧コントロールやコレステロール,中性脂肪の管理は非常に良好であった。

併用薬は,糖尿病治療薬ではスルホニルウレア(SU)薬,α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)が,また高血圧や脂質異常症の治療薬ではCa拮抗薬,ARBが代表的であった。一次エンドポイントの総動脈硬化性イベントは,ハザード比が0.80で有意差は認められなかった。ただ,致死性冠動脈イベントおよび脳動脈イベントは,ハザード比0.10,p=0.0037であり,アスピリンを使ったほうが明らかによいというデータが得られた。また,65歳以上の総動脈硬化性イベントは,ハザード比0.68,p=0.047で,このような症例にもアスピリンを使ったほうがよいことが示された(図4)。




JPADの結果は,2008年に米国心臓病学会議(AHA)のLate-Breaking Clinical Trialsで発表され,「JAMA」に同時掲載された。JPADの65歳以上のイベント発生率は欧米の64歳以下のイベント発生率と同じであり,世界のガイドラインを変えるかもしれないといわれたという。そして,2010年の「Diabetes Care」,「Circulation」,「JACC」にJPADが引用されていることから,ガイドラインに貢献したのではないかと同氏は語る。



糖尿病患者におけるセロトニン受容体拮抗薬の効果

サルポグレラートのイベント抑制効果については,篠原幸人氏(東海大学)が脳梗塞患者1510例を対象に脳卒中,急性冠症候群,血管死などすべての心血管イベントの抑制についてアスピリンと比較している。心血管イベントの抑制に関して有意差は出ておらず,アスピリンと遜色ないことが確認された。さらに,サブアナリシスで糖尿病合併例に限定したところ,心血管イベント発生率は明らかに低下し,サルポグレラートはアスピリンに対して27%の相対リスク減少率が認められており(図5),糖尿病患者のイベント発症率についてはアスピリンを上回る効果を示す可能性が示唆されている。




「このデータに関しては,私たちのPAI-1のデータも関与しているかもしれないが,先に講演された吉田氏の理論で解決できるのではないかと思われる。糖尿病患者ではサルポグレラートはアスピリンよりも効きやすいというデータが出たことは,非常に興味深い」と小川氏は締めくくった。


熊本大学大学院生命科学研究部循環器病態学教授

小川 久雄

1978年熊本大学医学部卒業後,同大学第二内科にて研鑽を重ねる。1991年より熊本大学循環器内科講師,助教授,教授を経て,2003年同大学院医学薬学研究部循環器病態学教授,2010年より現職。2011年より独立行政法人国立循環器病研究センター病院副院長を兼務。日本心臓病学会理事,日本循環器学会副理事長などを務めるほか,日本心血管内分泌代謝学会評議員なども務める。