Summary

本邦の腹部大動脈瘤破裂(rAAA)手術の死亡率15~20%の改善は,限界に近い。米国では,腹部ステントグラフト内挿術(EVAR)が普及した2000年を境にrAAA手術数と手術死亡率が減少している。Hardman index 3因子以上やupdated Glasgow aneurysm score(GAS) 108点以上で,術前に開腹手術または緊急腹部ステントグラフト内挿術(eEVAR)の死亡率60~70%が予測可能である。rAAAに対するeEVARの導入には,循環動態に応じた大動脈遮断バルーンの挿入,off-the-shelfデバイスの準備,ショートネックや高度屈曲した待機的EVARおよび補助デバイスの使用に精通することが必要であり,解剖学的に80%のrAAAにeEVARが適応となる。術後腹部コンパートメント症候群(ACS)の発生と対策が今後の課題である。


Key words

●腹部大動脈瘤破裂 ●緊急腹部ステントグラフト内挿術 ●off-the-shelfデバイス ●大動脈遮断バルーン ●腹部コンパートメント症候群



1 腹部大動脈瘤破裂および破裂手術の頻度と成績

 米国では,死亡原因の第13位に腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm;AAA)が挙げられている。本邦では,2008年に女性の死因の第10位に大動脈瘤・大動脈解離が初めて入り,2009年には男性の死因の第11位に入っており,ベスト10に入るのも時間の問題と思われる。これには近年,AAA症例が増加し,破裂による死亡も増加していることがうかがえる。図1に,2004年~2008年までの本邦におけるAAA手術症例数の推移を示す。



2006年まで年間約6000例の全手術数が2007年より顕著に増加し,2008年には約7900例に増加している。これは,待機手術が約5100例より2008年には約7100例まで増加しているためであり,2006年~2007年の企業製造ステントグラフトの承認が大きく寄与している。一方,破裂手術は800例前後とほとんど変化がない。本邦の手術死亡率は,待機手術では2.7%から1.9%へ改善しており,破裂手術でも19.6%から15.2%まで低下している(図2)。



以上より,腹部大動脈瘤破裂(ruptured abdominal aortic aneurysm;rAAA)により手術を受けずに死亡している症例が増加していると考えられる。

 米国でもAAA待機手術は2001年より増加しているが,興味深いことに破裂手術が2000年を境に減少している(図3)。



手術死亡率は,1999年を境に待機手術も破裂手術も漸減している。これは,米国で1999年より増加していった腹部ステントグラフト内挿術(endovascular aneurysm repair;EVAR)によるところが大きい(図4)。



1999年のEVAR導入前と導入後のrAAAに対する開腹手術では,死亡率が導入前44.3%,導入後40.8%と軽度に改善されているが,EVARの32.3%には劣っている1)。



2 破裂手術の成績予測

 2002年8月~2010年12月までの山口県立総合医療センターでの経験では,破裂に対する開腹手術の死亡率は23.1%であった。2009年2月より破裂に対して積極的にEVARを導入し,死亡率は破裂例で11.1%であった(表1)。



欧米の破裂に対する開腹手術の死亡率は40~50%と報告されており,筆者の経験や前述した本邦の報告と乖離がみられる。筆者の経験では,3次救急救命センター(ER)を受診したrAAA患者のうち,年間2~3例は来院直後,または手術準備中に死亡する症例があり,これを除外しているためと思われる。ERを受診した全破裂患者を対象にすると死亡率は40~50%となり,欧米の死亡率と同等である。

 手術しても100%助からない破裂症例を術前に予測することは可能であろうか。破裂手術の成績予測の報告は数多くあり,なかでもHardman indexは有名である。ヘモグロビン(hemoglobin;Hb) 9g/dL未満,血清クレアチニン 1.02mg/dL(0.19mmol/L)以上,心電図上虚血性変化,意識消失,76歳以上の5つの因子が3つ以上陽性であると,手術死亡率は90~100%と不良である2)3)。破裂に対するEVARの成績をHardman indexで予測すると,陽性が3つ以上でも死亡率は63~71%に低下するという4)。筆者の経験では,Hardman indexが3つ以上陽性の開腹手術の死亡率は33%,EVARでは20%であった(表2)。



Glasgow aneurysm score(GAS)は年齢,ショック,心筋虚血,脳血管障害,腎機能障害の因子にそれぞれ係数をかけた総和で予測が行われ,70点未満であれば死亡率は15%以下に収まり,85点以上であれば死亡率は30%を超える5)。最近,EVARの導入により修正が加えられたupdated GASでは前述の5因子に開腹手術が加えられ,7点加算される6)。筆者の経験では,updated GASが108点を超えると開腹手術もEVARも死亡例が発生している(図5)。



3 EVAR時代のrAAAのマネージメント

 米国ワシントン州シアトル市にあるHarborview Medical Centerより,大変興味深い報告が2010年に出された。レベル1外傷センターで米国の面積の27%,人口の3.4%をカバーする近隣5州の1000万人超より患者を受け入れている救急専門病院で,rAAA手術が年間50例前後あるという。図6Aに示すように,rAAA患者がERを受診したら,循環動態が安定している場合にはCTアンギオ検査を行い手術室へ,循環動態が安定していない場合は直ちに手術室で覚醒のまま消毒を行い,低血圧は放置する。



12Frシースを経皮的に挿入し大動脈遮断バルーンを留置後,血管造影または血管内超音波検査(intravascular ultrasound;IVUS)を行う。解剖学的にEVARの適応であれば,覚醒のままEVARを施行する。解剖学的にEVAR不適応であれば,大動脈遮断バルーン留置のまま気管内挿管による全身麻酔下に開腹手術を行うというプロトコルである。このプロトコル導入前の手術死亡率は57.8%で,導入後は35.3%に改善している。導入後の死亡率は,開腹手術では54.2%と改善がほとんどみられないが,EVARでは18.5%と著明に改善している(図6B)7)。



4 破裂に対する緊急EVAR(eEVAR)の実際

 rAAA疑いの患者が来院したら,直ちに超音波(ultrasound;US)検査を行い確定診断する。ショック状態でない患者では,直ちにCTアンギオ検査を行う。一方,ショック状態の患者では80mmHg以上に血圧を上げない。ショック状態の患者で,前医でaxial CTを撮影していれば,CTアンギオ検査は行わない(図7A)。



できるだけ早く手術の準備を行い,輸血が準備でき次第,全身麻酔を導入する。麻酔導入時のショックに注意する。直ちに両側2~4cmの斜切開で総大腿動脈を露出し,テーピングする。一方の大腿動脈に12~14Frシースを挿入し,4Fr pigtailカテーテルを0.035" Radifocusガイドワイヤーで近位下行大動脈に挿入し,Super StiffまたはLanderquistガイドワイヤーを挿入する。Equalizer,またはReliantバルーンカテーテルを遠位下行大動脈に挿入し,拡張させ大動脈を遮断する(図8)。循環動態が安定したら,あとは普通のEVARの手順で行う。ショック症例ではExcluder Trunk-Ipsiを留置し,Equalizer,またはReliantバルーンカテーテルで圧着後,直ちに遠位下行大動脈へ移動し,大動脈を再び遮断する(図8)。3ピース構造のZenithステントグラフトはipsilateral legを留置するまでバルーンによる遮断ができず,ショック症例には向いていないと考えられる。しかし,実際緊急EVAR(emergent EVAR;eEVAR)において大動脈遮断バルーンが必要なのは25%未満であり8),StarnesらはZenithステントグラフトを用いてeEVARを行っている7)。



5 eEVARを成功させるためには

1.rAAA患者にCTアンギオは可能か?

 前述したように,rAAA患者にeEVARを行うためにCTアンギオは必須ではないが,CTアンギオがあればデバイスの準備など好都合である。Lloydらは,症状発症から入院までに中央値で2.5時間かかり,破裂と診断されてから手術をしないで死亡するまでに10.5時間かかったと報告している。すなわち,88%のrAAA患者は入院後2時間以上経って死亡している9)。したがって,大部分の患者ではCTアンギオが可能である。



2.rAAA患者の何%にeEVARが可能か?

 当センターでは2006年11月のEVAR導入後,2009年2月までrAAAに対するeEVARは行っていなかった。その理由は,rAAA患者では瘤径が大きく,中枢側ネック長が短くて高度屈曲していることが多いことを開腹手術で経験していたからである。しかし,urgentを含めた緊急手術17例のうち,腎動脈上遮断が必要であったのは2例(11.8%)のみであり,普通に腎動脈下遮断ができる症例では中枢側ネック長が10~15mm以上あると考えられる。Mehtaは,中枢側ネック長10mm以上,径32mm以下,屈曲角度75度以下,両側外腸骨動脈径5mm以上がeEVARの適応と考えると,80%のrAAA患者はeEVARの適応となるという8)。



3.eEVARを安全に行うための準備

①いつでも早急にCTアンギオが可能であること。

②いつでも早急にデジタル減算血管造影(digital subtraction angiography;DSA)装置を有した手術室,または血管造影室が準備でき,エンドバスキュラーチーム,麻酔科医が待機していること。

③Off-the-shelfステントグラフト,ガイドワイヤー,カテーテル,シース,バルーンカテーテルが30分以内に準備できること。

④待機的EVARに精通していること。さらに,中枢側ネック長が10~15mm,屈曲角度が60~90度の症例でタイプⅠエンドリークの残存なしに留置が成功できること(図7B)。



 ⑤補助的デバイスである中枢側エクステンダー,XL Palmaz,コンバーター,大動脈バルーンの使用に精通していること。筆者が経験した139例の待機的EVARのうち,中枢側ネック長が短く,高度屈曲,reverse taper/bulgeや高度血栓を伴ったchallenging neck症例は68例で,このうち32.7%に術中タイプⅠエンドリークの治療に中枢側エクステンダーやXL Palmaz,または両者が必要であった10)。コンバーターを用いたaorto-uniiliac(AUI)ステントグラフト留置は,eEVAR 9例のうち2例(22.2%)に必要であった。



6 腹部コンパートメント症候群

 rAAAに対する開腹手術の成績が改善しない大きな理由は,多臓器不全である。多臓器不全はさまざまな原因で発生するが,そのうち重要な役割を占めるのが腹部コンパートメント症候群(abdominal compartment syndrome;ACS)である。ACSは破裂症例の開腹手術の約30%に発生し,死亡率は約70%に及ぶ11)。破裂症例の開腹手術は,EVARに比べて腹腔内圧が有意に上昇し,これは出血量,輸血量,輸液量,全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome;SIRS)スコア,多臓器不全スコア,肺障害スコア,ICU滞在日数,在院日数と相関する。一方,EVARでもACSの発生は10~20%にみられ,70%近い死亡率といわれている。MayerらはACSの予測因子として,収縮期血圧70mmHg未満が20分以上,術中輸液量5L以上,輸血量6単位以上,体温35℃未満,巨大後腹膜血腫,著明な小腸浮腫を挙げている。ACSに対する開腹治療(OAT)の適応は,膀胱内圧20mmHg以上,腹部灌流圧50~60mmHg未満,新たに発生した臓器不全,前述したACS予測因子1つ以上である12)。われわれは,Fitzgerald Ⅳ,Hardman index 3因子,updated GAS 108点のrAAAに対して術中大動脈バルーンによる遮断が必要であったeEVAR症例でACSを経験した。無尿のため持続的血液濾過透析(continuous hemodiafiltration;CHDF)用にdouble lumen catheterを下大静脈に挿入しており,下大静脈圧が40mmHgであったためOATを行ったが,活性凝固時間(activated coagulation time;ACT)が999秒以上と血液凝固障害を認め死亡した(図9)。



rAAAに対するeEVARでは,術後ACSの発生と対策が今後の課題である。


文 献

1)Giles KA, Pomposelli F, Hamdan A, et al:Decrease in total aneurysm-related deaths in the era of endovascular aneurysm repair. J Vasc Surg 49:543-550, 2009

2)Hardman DT, Fisher CM, Patel MI, et al:Ruptured abdominal aortic aneurysms;who should be offered surgery? J Vasc Surg 23:123-129, 1996

3)Tambyraja AL, Murie JA, Chalmers RT:Prediction of outcome after abdominal aortic aneurysm rupture. J Vasc Surg 47:222-230, 2008

4)Karkos CD, Karamanos D, Papazoglou KO, et al:Usefulness of the Hardman index in predicting outcome after endovascular repair of ruptured abdominal aortic aneurysms. J Vasc Surg 48:788-794, 2008

5)Samy AK, Murray G, MacBain G:Glasgow aneurysm score. Cardiovasc Surg 2:41-44, 1994

6)Visser JJ, Williams M, Kievit J, et al:Prediction of 30-day mortality after endovascular repair or open surgery in patients with ruptured abdominal aortic aneurysms. J Vasc Surg 49:1093-1099, 2009

7)Starnes BW, Quiroga E, Hutter C, et al:Management of ruptured abdominal aortic aneurysm in the endovascular era. J Vasc Surg 51:9-17, 2010

8)Mehta M:Endovascular aneurysm repair for ruptured abdominal aortic aneurysm;the Albany Vascular Group approach. J Vasc Surg 52:1706-1712, 2010

9)Lloyd GM, Bown MJ, Norwood MG, et al:Feasibility of preoperative computer tomography in patients with ruptured abdominal aortic aneurysm;a time-to-death study in patients without operation. J Vasc Surg 39:788-791, 2004

10)善甫宣哉,佐村 誠,岡崎充善,他:EVARにおけるIFUの再評価:とくにchallenging neck,破裂,感染瘤について.日心臓血管外会誌 40 supple:157, 2011

11)Makar RR, Badger SA, O'Donnell ME, et al:The effects of abdominal compartment hypertension after open and endovascular repair of a ruptured abdominal aortic aneurysm. J Vasc Surg 49:866-872, 2009

12)Mayer D, Rancic Z, Meier C, et al:Open abdomen treatment following endovascular repair of ruptured abdominal aortic aneurysms. J Vasc Surg 50:1-7, 2009


山口県立総合医療センター外科診療部長

善甫 宣哉 Nobuya Zenpo