近年,糖尿病患者の増加に伴い,併発するアテローム性動脈硬化症が問題となっている。2010年10月に北海道で開催された第51回日本脈管学会総会ランチョンセミナーでは,「糖尿病を基盤とする動脈硬化の治療戦略」をテーマとして取り上げ,笹嶋唯博氏(旭川医科大学第一外科教授)が座長を務められ2名の演者を迎えた。
講演1の野村昌作氏(関西医科大学内科学第一講座主任教授)は,血栓形成のメカニズムおよび動脈硬化の病態生理について解説し,抗血小板療法の適応と問題点を指摘するとともに糖尿病性血管障害の治療戦略についても紹介した。
講演2の小林修三氏(湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科)は,透析患者における末梢動脈疾患の特徴,診断法について概説し,潜在患者の早期発見と早期治療介入の重要性を強調した。
講演1
関西医科大学内科学第一講座主任教授 野村昌作 氏
講演2
透析患者における末梢動脈疾患の治療戦略
湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科 小林修三 氏
座長
旭川医科大学第一外科教授
笹嶋 唯博
演者
湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科
小林 修三
透析患者におけるPAD
透析患者の末梢動脈疾患(PAD)は,きわめて進展が速い。小林氏は,発赤がみられる程度であった足趾の患部が数日後には壊死し,2ヵ月後には下肢切断,さらに数ヵ月で感染症,敗血症から死に至るという転帰をたどった1例を2001年に経験した。その当時,同氏の施設において下肢切断を行った透析患者11例の予後は,6ヵ月以内に50%が死亡し,1年生存率は30%ときわめて悪かった。また,下肢切断患者は在院日数が約60日と長期に及ぶことからも,大切断はきわめて大きな問題になっているという。
またPADの危険因子として,糖尿病の有無に関わらず腎不全があることがきわめて大きいことも同氏は強調した。
透析患者の予後
わが国における透析患者数は年々増加しており,日本透析医学会のデータによると2009年12月31日現在で約30万人となっている。ここで注目すべきは透析患者の死亡原因は約40%が心血管障害,約20%が感染症であることだという。
また,透析患者の死亡原因の経年的変化をみると心筋梗塞は年々減少しており,現在は3.8%まで下がってきている。一方,感染症は増加傾向にある。この感染症死の増加には,下肢切断の増加が隠されている可能性があるようだ。というのも,下肢の壊疽,損部の感染,そして免疫不全の状態にある患者が全身の敗血症から死に至った場合,死因は感染症死とされるからである。したがって,感染症死のなかにはPAD,下肢切断の増加による死も含まれていると考える必要があるだろう。
日本透析医学会の調査によると,2005年のわが国の透析患者の下肢切断率は非糖尿病患者で2.6%,糖尿病患者では5.7%である。また2000年のデータではあるが,下肢切断率は米国の4.3人/100人・年に対してわが国では0.62人/100人・年であり米国ほど多くはないが,切断のオッズ比は一般人口を1倍とすると糖尿病患者では1.63倍,透析患者では82.6倍に上がり,透析患者が糖尿病を合併していると481.4倍と非常に高くなる。このように,透析患者における下肢切断はきわめて深刻な問題であるにもかかわらず,透析を担当する多くの医師はこの問題について十分認識しないまま,今日に至っているのが実情であると同氏は指摘する。
透析患者のPADの特徴
透析患者におけるPADは,もはや下肢だけの問題ではないということが示されている(表1)。
なかでも透析患者では血管石灰化が多くみられ,また下肢遠位部動脈の病変が多いという特徴があることから,非常に治療に難渋する。たとえば,膝下3分枝,また足背動脈に石灰化があると血管内治療により拡張することもバイパス術によりつなぐこともきわめて難しいのが実情であるという。
また透析患者では,Fontaine分類はⅠ度からⅣ度へと順に進行するわけではなく,Ⅰ度から一気にⅣ度に進展することもある。日常診療で医療者が目にするのはⅡ度が多いが,透析患者ではFontaine分類Ⅱ度の間歇性跛行の症状を見逃しているのではないかという。つまり,患者は透析アミロイドーシス,骨関節障害によって歩行が困難なことに慣れており,特別な症状として訴えにくい。しかも,医療者が足の問題について虚血性疾患という観点から診ていないために,無症状の時期を見逃していると考えられる。透析患者では潜在的なPADがあることが,重要な事実なのである。
そこで,同氏は自施設における重症虚血肢(CLI)を有する透析患者の救肢率と生命予後について調べた。その結果,CLIを有する透析患者39名59肢の集学的治療下における救肢率は2年で約80%,生存率は2年で44%であった(図1)。
予後は改善傾向ではあるものの救肢率と生存率には倍近い広がりがあり,救肢しているにもかかわらず死亡している患者が多いという状況である。
そのCLIを有する透析患者の死亡原因は,58%が感染症,21%が併存する心血管障害であり,足だけでなく心臓や脳などpolyvascularな問題を抱えているということも重要である。
また同氏は,Fontaine分類Ⅱ度のPADを有する透析患者の足関節上腕血圧比(ABI)を2004年~2008年にかけて測定した。その結果,透析患者528例中ABI 0.9未満の患者は186例(35.2%)で,そのうちFontain分類Ⅱ度の患者は30例(16%)であった。この30例のうち3年経過してもⅠ,Ⅱ度のままであった患者が85%,CLIに至った症例は約15%と,やはり早期に発見することがきわめて重要であることが示唆された。つまり,透析患者の難渋する治療や切断回避だけでなく,無症状な時期に早期発見することが重要だということである。
透析患者におけるPAD診断法
7年間透析を受け糖尿病を有し,間歇性跛行も訴える67歳男性の典型的なPAD例では,MDCTではいくつもの病変が確認されたがABIは1.15であった。
そこで,同氏は自施設の透析患者133例,263肢のABI分布を調べたところ,0.9未満は16.7%であったが,40%は1.3を超える高値であった。これは,石灰化の強い例が多く含まれているということであり,こうしたなかに隠れたPADが含まれていることになる。したがって,足趾上腕血圧比(TBI),経皮酸素分圧(tcPO₂),皮膚灌流圧(SPP)を用いて,より末梢の循環障害を捉えることが必要である。
SPPは,皮膚の下約1mmの毛細血管を流れる赤血球の量をドプラで感知する検査である(図2)。
SPPは,健常人で約80mmHgであり,透析患者では40~60mmHgと低くなっている。しかし,SPPには測定方法の問題があり,足背,足底の両方を測定することが重要であるが1ヵ所のみ測定するのであれば足底(中足骨裏)であり,測定方法に慣れる必要があるという。
なお,健常人のABI正常範囲は0.9~1.4であるの対し,透析患者では1.02~1.42と右にシフトしている。そのため,ABIが1.0を下回った場合はPADの可能性が考えられる。また,SPPは40mmHgでカットオフされ右に偏位したカーブになるが,スクリーニングには50mmHgが妥当と考えられる。
さらに,同氏の施設においてROC解析をした透析患者のABIは0.9で感度が約30%であったことから,確かにABIは重要な検査であるが,ABIだけに頼ると3例のうち1例しか取り上げることができず,2例は見逃してしまうことになる。そのため,TBIやtcPO2で感度を上げていく必要がある。また,SPPのカットオフ値を50mmHgとすると感度は85%となる。したがって,さまざまな生理学的検査を組み合わせ,あるいは上手に使いながら感度を上げてPADを見逃さない工夫が重要である。
透析患者におけるPADの頻度
同氏は,SPPの感度・特異度などから全透析患者の37.2%にPADが存在していると想定しているが,この半数が無症状であることも明らかにした。つまり,患者が症状を訴えていないからPADではないということではなく,すでに先行するPADが進行していると考えるべきであるという。
また,PADは急性心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の合併率が高いことが知られており,下肢症状を有する症例やABI低値例は心血管障害のリスクを有するということになる。さらに同氏は,糸球体濾過量(GFR)が50mL/分/1.73m²未満の保存期腎不全患者の冠動脈は石灰化が生じるリスクが高いことを2008年に報告している(図3)。
そしてそこに,インスリン抵抗性や内因性一酸化窒素合成酵素阻害物質の非対称性ジメチルアルギニンの蓄積といった,さまざまな腎不全の進展における病態が絡んで,カルシウム,リンという受動的な石灰化以外の因子が炎症も含めて関わっているのである。
2005年に,同氏らは透析導入時点で無症状であっても冠動脈造影で50%以上に有意な狭窄があり,糖尿病を有していると80%以上に狭窄があるというデータを明らかにした(Kobayashi S, et al:Clin J Am Soc Nephrol 3:1289-1295, 2008)。このように,腎不全や石灰化も含めさまざまな因子によって心血管全体の問題が生じてくるということである。
また,血清クレアチニン3.6mg/dL程度の保存期腎不全患者には,約20%の石灰化,あるいはPADがあることも報告されている。そこで,同氏らは透析患者について検討し,浅大腿動脈と下肢動脈の石灰化の程度を示すAgatstonスコアがPADの頻度や重症度に相関していることを示した。また,CRPなどの炎症マーカーが関係していることも明らかにした(Ohtake T, et al:Hemodial Int 14:218-225, 2010)。
PADに対する治療
PADに対しては,血管内治療,バイパス治療,アフェレーシス,高気圧酸素治療などさまざまな治療法があるが,禁煙を含めたケアや運動療法などの手立てと薬物療法がCLIへの移行を抑える基本的な治療になる。
しかしながら,同氏が作成に携わっている日本透析医学会のガイドラインでは,いずれの治療も1つで完結できるものではないことを強調している。足の状態の観察・評価が常に継続されるべきであり,特に虚血の評価がまず行われなければならないと明言している。また,感染の有無の評価や創傷に対する適切な処置も重要であるが,切断の時期を逃してはならない。
また切断がなされる場合も,さまざまな方法によって側副血行を増やす,あるいは全身状態を改善することは切断後のリハビリを容易にするために重要である。その1つとして,ショパール関節あるいはリスフラン関節で切断し,かかとを残した状態でリハビリを進めることにより予後が改善するといわれている。
透析患者のPADに対する薬物療法
薬物治療としては,シロスタゾールがTASCⅡやACC(米国心臓学会)/AHA(米国心臓協会)のガイドラインでPADの間歇性跛行患者の症状と歩行距離の改善に有効だといわれているが,うっ血性心不全に対しては禁忌である。透析患者は土日は除水されないため,相対的に日曜日の早朝には心不全の状態になっている。したがって,透析患者へのシロスタゾールの投与は重大な問題につながるおそれがある。また,シロスタゾールは心拍数を上げることが知られている。心拍数の上昇は心血管死に関わる問題であることを考えると,注意して使用すべきである。
わが国では複数の抗血小板薬が使用可能であるが,そのなかでサルポグレラートはセロトニン(5-HT)の作用をブロックする唯一の抗血小板薬である。また,サルポグレラートは心拍数を上昇させない。
2型糖尿病患者およびPAD患者は血漿5-HT濃度が上昇していることから,5-HTによる血小板凝集,血管平滑筋収縮,血管平滑筋細胞増殖といった心血管における一連の作用をブロックすることが重要である。特に透析患者や腹膜透析患者は,健常人に比して5-HT濃度が上昇していることが報告されている(図4)。
腎不全患者における5-HTの代謝異常が,末梢循環障害にも大きく関わっていることは明らかである。実際,5-HT代謝産物である5-HIAA(5-ヒドロキシインドール酢酸)は,頸動脈内膜中膜複合体厚(IMT)とは正の相関が,またABIとは負の相関があることも報告されており(図5),いかに5-HTの問題を回避していくかということが,polyvascularな問題を解決する重要な糸口ではないかと同氏は主張した。
現在,同氏らはPADを伴う透析患者を対象に,サルポグレラートとシロスタゾールの末梢循環改善効果について,SPPを指標として比較検討している。その結果,両剤ともにSPPを上昇させ,末梢循環障害を改善することが確認されている。また,透析患者では酸化の問題も大きく関与しているが,サルポグレラートは酸化ストレスマーカーの低下や上昇抑制をもたらす可能性が示唆されているという。この結果を受けて,同氏は「心拍数を上昇させることなく末梢循環障害を改善するサルポグレラートは,透析患者のPADに対して有用な薬剤であると期待している」と語った。
湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科
小林 修三
1980年浜松医科大学卒業後,同大学第1内科にて研鑽を重ねる。1986年浜松医科大学大学院博士課程修了,1987年文部教官第1内科助手,1988年テキサス大学サンアントニオ校病理学教室に留学。1992年NTT伊豆逓信病院内科部長,1998年防衛医科大学校第2内科講師(指定)を経て1999年より現職。日本内科学会評議員,日本医工学治療学会理事,日本フットケア学会常任理事などを務めている。