近年,糖尿病患者の増加に伴い,併発するアテローム性動脈硬化症が問題となっている。2010年10月に北海道で開催された第51回日本脈管学会総会ランチョンセミナーでは,「糖尿病を基盤とする動脈硬化の治療戦略」をテーマとして取り上げ,笹嶋唯博氏(旭川医科大学第一外科教授)が座長を務められ2名の演者を迎えた。

 講演1の野村昌作氏(関西医科大学内科学第一講座主任教授)は,血栓形成のメカニズムおよび動脈硬化の病態生理について解説し,抗血小板療法の適応と問題点を指摘するとともに糖尿病性血管障害の治療戦略についても紹介した。

 講演2の小林修三氏(湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科)は,透析患者における末梢動脈疾患の特徴,診断法について概説し,潜在患者の早期発見と早期治療介入の重要性を強調した。



講演1

アテローム性動脈硬化症と抗血小板療法

関西医科大学内科学第一講座主任教授 野村昌作 氏


講演2

透析患者における末梢動脈疾患の治療戦略

湘南鎌倉総合病院副院長/腎免疫血管内科 小林修三 氏



座長

旭川医科大学第一外科教授

笹嶋 唯博



演者

関西医科大学内科学第一講座主任教授

野村 昌作



血栓症形成における活性型血小板の役割

 アテローム性動脈硬化症が進展してアテローム血栓症が発症するが,その危険因子はアテローム生成と血栓の両因子が絡んでいるなかで特に糖尿病,脂質異常症,メタボリックシンドロームが重要といわれている。さらに,アテローム血栓症は最終的に不安定型狭心症,心筋梗塞,脳梗塞などの重篤な状態になるため,できるだけ安定型狭心症や軽度の閉塞性動脈硬化症といったアテローム血栓症の初期の段階で対策を講じる必要があると野村氏は指摘する。また,動脈硬化のメカニズムには炎症関連細胞,それらが放出するサイトカイン,そして止血・凝固線溶系が深く関わっており,止血・凝固線溶系では血小板が占める役割が特に重要である。血小板の機能は,凝集と内皮下組織に接着,伸展する粘着の2つに分けられる。血小板の凝集には,アゴニスト刺激ではフィブリノーゲンが,高ずり応力ではvon Willebrand因子(vWF)が介在している。

 血管においてプラークが形成され狭窄が起こると,そこには高ずり応力がかかり,血小板は活性型血小板となる。活性型血小板の状態では白血球などとの細胞相互作用が起こりやすくなり,血栓が生じる状態となる。そして,血小板活性化のシグナルが入ると,シグナル伝達ネットワーク機構によって血小板表面の膜構造や受容体の機能に変化が生じる。

 血小板を中心とした血栓形成のメカニズムとしては,軽度の活性化によって通常の非活性化血小板にローリング現象が起こり,やがてコラーゲンが露出した部分に粘着して活性型血小板へと変化する。そして,ルーズな凝集を経て最終的により強固で安定した初期血栓の状態となる。このように,血小板は急に血栓に関わるのではなく,その間に活性型血小板の状態がある。これを同氏は血栓準備状態と呼び,この段階で何らかの対策を講じる必要があるという。

 静止状態の血小板の表面には,その機能に関わる膜糖蛋白が多数存在する。活性型血小板になると,それらの蛋白に加えて活性化依存性の新しい分子であるPセレクチンをはじめ,さまざまな分子が発現する。そして,そこから凝固を促進させるマイクロパーティクル(MP)が生成される(図1)。



マイクロパーティクルとは?

 血小板由来マイクロパーティクル(PDMP)は,活性型血小板から放出される小さな膜小胞体である。PDMPの表面には,活性化された第Ⅴ因子と第Ⅹ因子の複合体であるプロトロンビナーゼ複合体が存在する。このプロトロンビナーゼ複合体はプロコアグラント活性を有しており,プロトロンビンをトロンビンに変化させ,またフィブリノーゲンをフィブリンとし凝固血栓が起こる。PDMPには,このプロトロンビナーゼ複合体が血小板の50~100倍存在するといわれており,そのためより強固な凝固活性を有しているのである。

 血小板にずり応力がかかると,その表面のプロコアグラント活性が高まるが,同様にPDMPのプロコアグラント活性も高まる。PDMP表面のプロコアグラント活性は,プロトロンビンをトロンビンに変化させることに加え,血小板よりも移動性に富んでおり,他の細胞に対して血小板よりもすばやくアクセスするという特徴がある。そのため,動脈硬化の初期病変に関係していると考えられている。PDMPが白血球や血管内皮細胞に働きかけると,その細胞表面の接着分子の発現を増加させ白血球と血管内皮細胞の接着が亢進し,いわゆる動脈硬化の初期病変が進展していくのである。

 なお,MPは血小板以外に白血球や内皮細胞,さらに最近では血管平滑筋細胞や癌細胞からも生成されることが明らかになっており,それに伴いさまざまな機能をもっていることもわかってきている。



アテローム性動脈硬化症におけるPDMP

 同氏らは,PDMPを簡便に測定できるELISA測定キットを開発した。これを用いて健常人のPDMPを測定したところ,女性よりも男性に,年齢では40~50代後半,つまり生活習慣病が多いといわれている年代に多数検出されることを明らかにした。また,PDMPはメタボリックシンドロームの危険因子と相関すること,さらに動脈硬化やアテローム血栓で重要といわれているインターロイキン(IL)-6とも正の相関が認められることを明らかにした。そしてFraminghamスコアで計算すると,PDMPが非常に高値を示す健常人は10年後の冠動脈性心疾患のリスクが非常に高く,心イベントが起こりやすいという結果も明らかにした(図2)。



 次に,糖尿病,脳梗塞,急性冠症候群,心不全の患者692例についてPDMPを測定したところ,いずれの疾患でも有意な増加がみられ,なかでも脳梗塞に関してはアテローム性脳梗塞でラクナ梗塞に比べて有意な増加が認められた。また,糖尿病例では合併症の存在に伴いPDMPの増加が認められ,特に腎症合併例では非常に有意な増加がみられた。また,尿蛋白との間にも相関関係が認められた。治療後には脳梗塞例でPDMPの有意な低下が認められたことより,PDMPはモニタリングとしての有用性が期待されることがわかった。

 このように,活性型血小板やMPは,アテローム性血栓症において非常に重要な役割を果たしていると考えられる。



抗血小板療法の適応と問題点

 現在,わが国で使用されている抗血小板薬の1つであるアスピリンは,一次予防の有効性が証明されているがアスピリンレジスタンスといわれる無効例があり,わが国では15%程度の頻度で生じていると考えられている。

 また,ADP受容体阻害薬であるチクロピジンは,脳梗塞,心筋梗塞,血管死の累積発症率をプラセボ群に比較して有意に抑えることが示されている。ところが,チクロピジンは副作用が問題であり,近年では次世代のクロピドグレルが主に使われるようになってきている。クロピドグレルはアスピリンと併用せず,単独でもイベント抑制を示すことが報告されているが,クロピドグレルは代謝されて活性を示す,いわばプロドラッグであるため,代謝酵素CYP2C19の遺伝子多型の問題があり,CYP2C19の*2と*3のアレルをもつと代謝酵素の活性が欠損することがわかってきた。日本人の19.3%がこのアレルを有しており,クロピドグレルの効果が減弱する可能性があることが指摘されている。日本ではまとまったデータはまだ報告されていないため結論は出ていないが,今後検討していく必要があるという。

 活性型血小板から放出されるセロトニン(5-HT)が高濃度であると心血管イベントの発症率が有意に高いことが報告されている。わが国で使用できる抗血小板薬のなかで唯一の5-HT2受容体拮抗薬であるサルポグレラートの有用性が期待されている。実際に,サルポグレラートは,脳梗塞患者における心血管イベントの抑制はアスピリンと同等であることがわが国における検討により明らかにされている。興味深いことに,糖尿病合併例におけるサブグループ解析では,アスピリンに対して27%の相対リスク減少が確認され,サルポグレラートは糖尿病患者において,より効果を発揮する可能性が示唆された。



糖尿病性血管障害の治療戦略

 同氏は以前に,2型糖尿病ではPDMPが単球や内皮から放出されるMPとともにアテローム性動脈硬化症やアテローム血栓症において重要な役割を果たしていることを報告している。多変量解析によって,糖尿病合併高血圧症例ではPDMPと収縮期血圧には正の相関が,高比重リポ蛋白コレステロールとは負の相関が認められた。その他にも,PDMPは血小板活性化や内皮障害マーカーと正の相関があり,また単球や内皮から放出されるMPとも有意な相関関係があることがわかっている。

 さらに,糖尿病では血管内皮細胞の機能障害が存在し,強力な抗血小板作用を示す一酸化窒素(NO)の産生障害が起こっている。そのため,糖尿病性血管障害では血小板活性化と内皮細胞障害が血栓性イベントに関わることから,両者に対する対策を考える必要があるという。これらに深く関わるメタボリックシンドロームは内臓脂肪が増加し,インスリン抵抗性によって動脈硬化が進展する病態であり,それを予防する因子として脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンの重要性が指摘されている。

 アディポネクチンは単球の内皮細胞への接着抑制,平滑筋細胞の増殖抑制,血管内皮細胞からのNO産生促進という3つの作用により,動脈硬化の抑制効果を発揮する。したがって,糖尿病性血管障害に対しては,まず抗血小板薬によって血小板活性化を抑え,可能な限りアディポネクチンを増加させることによって内皮機能を改善するとともに,間接的な血小板活性化も抑えることが重要であると同氏は強調する。

 そのような背景をふまえて2型糖尿病群とコントロール群を比較すると,2型糖尿病群ではPセレクチンをはじめとする血小板活性化マーカー,PDMP,Eセレクチン,血管細胞接着因子(VCAM)-1といった内皮障害マーカーは有意に増加し,アディポネクチンは有意に低下していた(表1)。



さらに,糖尿病群をEセレクチンが62ng/mL以上の高値群と62ng/mL未満の低値群に分けて検討したところ,高値群では血小板活性化マーカー,PDMPが有意に高く,アディポネクチンは有意に低下していた。つまり,Eセレクチンが高値であるということは,それだけ内皮障害が進んでいるということを意味する。内皮障害が進行している2型糖尿病患者では,血小板はより活性化し,アディポネクチンが低下し,動脈硬化のリスクがきわめて高いと考えられる。



糖尿病性血管障害に対する5-HT₂受容体拮抗薬の有効性

 そこで,内皮障害が進行した2型糖尿病群にサルポグレラートを投与した。その結果,血小板活性化マーカー,PDMP,Eセレクチン,VCAM-1は有意に低下し,アディポネクチンは有意な上昇を示した(表2)。



 そのメカニズムとして,5-HTは血小板の5-HT2A受容体に作用し,血小板を活性化してPDMPを増加させる。サルポグレラートは5-HT2A受容体に選択的に拮抗して,血小板活性化を抑制する。さらに,血管平滑筋細胞に存在する5-HT2A受容体をもブロックするため血管収縮を抑制するが,余剰となった5-HTが内皮細胞上の5-HT₁受容体を刺激し,NO産生を回復させて血管拡張と内皮障害を改善させ,間接的に血小板凝集阻害作用も示す。

 また,2型糖尿病では末梢循環障害により骨格筋へのブドウ糖の取り込みが低下し,インスリン感受性の低下,高インスリン血症の状態を経てアディポネクチンが低下するといわれている。サルポグレラートは5-HT2A受容体を阻害し,また同時に余剰の5-HTが血管内皮機能を回復することによってこれらを改善し,アディポネクチンを増加させると考えられている。

 さらに最近,脂肪細胞に5-HT2A受容体が発現しており,アディポネクチンmRNAの発現に5-HTが関与することが報告された。脂肪細胞の5-HT2A受容体をアゴニストで刺激するとアディポネクチンmRNAが有意に低下し,逆にアンタゴニストのサルポグレラートを投与すると,アディポネクチンmRNAが有意に増加することも示されている(図3)。



これは,同氏の臨床データをサポートするデータといえる。

 サルポグレラートは,心血管イベント発症に関してアスピリンとほぼ同等の抑制作用を示し,糖尿病患者ではアスピリンよりも相対リスクを減少させることが明らかにされている。また,インターベンション後の再狭窄に重要な役割を担っているといわれているケモカインの単球走化性因子(MCP)-1に関しても,2型糖尿病合併末梢動脈疾患(PAD)例においてサルポグレラートはアスピリンに比べて有意に低下させることも報告されている。さらに,PADの重症下肢虚血においては,IL-6や高感度C反応性蛋白(h-CRP)に対しサルポグレラート投与により有意な低下を示すというデータも報告されており,抗炎症,抗酸化ストレスという点からも期待できると考えられる。

 以上のことから,「アテローム性動脈硬化症において,抗血小板薬であるサルポグレラートの占める意義は非常に大きいと考えられる」と同氏は結んだ。


関西医科大学内科学第一講座主任教授

野村 昌作

1981年関西医科大学卒業後,同大学第一内科にて研鑽を重ねる。1989年同大学大学院修了,1999年米国OAPメリーランド医学研究所に止血血栓部門研究員として留学。2000年関西医科大学香里病院内科医長(輸血医長併任),2003年同大学第一内科助教授,市立岸和田市民病院血液内科部長,2005年関西医科大学臨床教授を経て2010年より現職。日本血液学会,日本血栓止血学会などの学会に所属し評議員を務めている。