投稿日時:2020/10/30(金)
Live Surgeryで読み解く! 人工股関節置換術 (THA)

casebook × M-Review

コラボレーション企画

Meister Interview


Live Surgeryで読み解く! 人工股関節置換術 (THA)



インタビュー:湘南鎌倉人工関節センター センター長

平川和男先生


最小侵襲人工股関節置換術(MIS-THA)は、THAの低侵襲化を目指して欧米で開発された手術法である。身体への負担が少なく、術直後から安定した歩行が得られるため、早期の社会復帰が可能になり、医療費削減効果も示されている。本領域の第一人者である平川和男先生は、長年、MIS-THAの国内導入と若手指導に取り組んでこられた。きたる11月26日(木)には、e-casebookにて平川先生によるMIS-THAの模様がライブ配信される。配信を前に、MIS-THAの概要と当日の見どころを中心にお話をうかがった。


平川和男(ひらかわ・かずお)

(湘南鎌倉人工関節センターセンター長)


profile

1987年山形大学医学部卒業後、'93年米国クリーブランドクリニックに留学。帰国後、'97年横浜市立大学医学部整形外科助手にて研鑽を積む。'02年同大学付属市民総合医療センター整形外科講師、平塚共済病院整形外科医長、'04年横浜市立大学医学部非常勤講師、湘南鎌倉総合病院整形外科を経て、'04年より現職。また、2010年からは早稲田大学非常勤講師も務める。




1MIS-THAとは

わが国におけるTHAの適応疾患


人工股関節置換術(total hip arthroplasty;THA)の適応となるおもな疾患は、変形性股関節症(osteoarthritis;OA)、関節リウマチ(rheumatoid arthritis;RA)、骨頭壊死、外傷等です。最も多いのがOAで、有病率は約3%といわれ、患者さんの約90%は女性です。国内では毎年約6万件のTHAが行われています。

日本人は先天的に骨盤側の臼蓋が浅いために大腿骨頭とのおさまりが悪い臼蓋形成不全が多く、中高年になって臼蓋形成不全による股関節の変形が始まり、10〜15年経過後にTHAを受けるというのが典型的なケースです。日本人は我慢強く、股関節の変形が相当進むまでTHAを受けない傾向にあります。耐えられない痛み、歩行時の不自由さ、「靴下が履けない」「足の爪が切れない」等の日常生活上の支障によりTHAを受ける決心をする印象です。



MIS-THAの普及

近年、THAにおいて最小侵襲手術(minimally invasive surgery;MIS)が普及しています。MIS-THAは、1998年にHospital for Special SurgeryのThomas P.Sculco先生らのグループが発表したときは、5cmの皮切でTHAを行うという手術法でした。その後、「筋腱温存」のコンセプトのもとに、より低侵襲な手術法の開発が進みました。MIS-THAによる手術の低侵襲化は、術後の早期離床、早期のリハビリテーション(以下、リハビリ)開始を可能にし、入院期間短縮および医療費削減に貢献しています。




2MIS-THAの実際

湘南鎌倉人工関節センターにおけるMIS-THAの状況


現在当院で行っているMIS-THAは、おもにMini-antero-lateral approach(図1)とMini Watson Jones法(図2)です。どちらの手術法も皮切は約8〜10cm程度です。

Mini-antero-lateral approachは、2000年頃米国・シカゴのRichard Berger先生が開発した手術法です。前側方から股関節に侵入し、中臀筋の一部切除と外転筋の一部剝離を行います。一方のMini Watson Jones法は、ドイツのHeintz Rottinger先生が開発した側臥位で行う筋腱をまったく切らない手術法です。私が献体を利用したカダバートレーニングでHeintz Rottinger先生から直接学んだのが2006年頃です。

筋腱切離を一切行わないMini Watson Jones法は、たとえば、部屋のカーテンを少し広げて窓を開け、部屋に空気を入れた後に窓を閉め、再びカーテンを閉じる光景をイメージしていただければわかりやすいと思います。つまり、筋肉や腱を拡げたり、ずらしたところに人工関節を設置する手術法です。このように、Mini Watson Jones法は筋腱温存のため、術直後から歩行などのリハビリが可能で、日常生活動作にも制限がありません。

当院では、股関節変形の進行度に応じてこの2つの手術法を使い分けています。年齢が比較的若く、今後も活動的に過ごしたいという希望をお持ちの患者さんにはMini Watson Joes法を選択しています。一方で、股関節変形の強い患者さんにはMini-antero-lateral approachを用います。また、BMI35以上で肥満気味の患者さんには、正しい人工股関節の設置が困難なため、関節の変形度にかかわらず筋腱温存手術は行いません。当然ですが、筋腱温存にこだわるあまり、かえってリスクを高めてしまうような無理な手術はしないことが基本コンセプトです。

現在、当院のMIS-THAは年間約600〜700件です。Mini-antero-lateral approachとMini Watson Jones法の割合は約7対3もしくは6対4で、Mini-antero-lateral approachのほうが多いです。



Mini-antero-lateral approach

■ 図1.Mini-antero-lateral approach

(平川和男.松野丈夫(編).関節外科.2011;30:7-16より引用改変)

Mini Watson Jones法

■ 図2.Mini Watson Jones法

(平川和男.戸山芳昭(総編集),内藤正俊(専門編集).骨盤・股関節の手術.東京:中山書店;2012,p.10-15より引用改変)

Live Surgeryで押さえておくべきポイントと意外な落とし穴


1.術前

術前準備として重要なのは、患者さんにできる限り健康な状態で手術を受けていただくことです。これは最大の合併症である術後の感染予防のためにも重要です。そのため、術前には、患者さんの健康状態を歯科検診も含めた各種検査で確認します。また、手術による傷は小さくても、術後に貧血を起こすとリハビリに移行できないため、貧血気味の高齢者の方以外は、術前に1回400ccの「自己貯血」を1〜2回行います。

手術に使用する機器は、2000年頃から欧米の高名な先生方と議論しながら医療機器メーカーと共同開発した、MIS-THA用の特殊なものです。11月26日のLive Surgeryでは、機器の特徴や適切な使用法について説明しながら進めていく予定です。

また、術前の注意点としてもう1つ忘れないでほしいことは、関節の変形がそれほど強くない症例にも意外と落とし穴が隠れているということです。その理由は、元の股関節の形が残っているために、かえって自由度が制限される部分が多くなるためです。変形が軽い症例は、手術が簡単そうに思いがちですが、より慎重に手術することが求められます。


2.術中

人工関節手術は全身麻酔で行います。手術人数は、通常整形外科医3名、麻酔科医1〜2名、看護師2〜3名の計6〜8名で行います。体位は基本的には側臥位アプローチで侵入しています。手術時間は変形の程度にもよりますが、平均1時間前後です。Mini-antero-lateral approachのほうが、切離した筋腱を縫い付ける分、手術時間はやや長くなります。

当院では、その日にスタッフの誰が手術に入っても、同じことを行います。使用する機器も、糸や針も同じです。全員がいわば同じ技術を習得することが、短時間で確実な手術につながると考え、そのようにトレーニングをしています。

人工関節の合併症としては、①手術中の出血、②感染、③人工関節の設置不良の3つがあります。

1つ目の手術中の出血には、トラネキサム酸の静脈内投与、局所臼蓋髄腔内投与、局所関節内投与を行い出血の予防をしています。

2つ目の感染予防では、手術中の重要な各局面で表皮を中心に消毒を徹底的に行うことです。手術時間が長くなり、集中しすぎると、つい消毒がおろそかになりがちですが、患者さんは手術中も汗をかき、細菌に曝露しやすい状況にあるので注意が必要です。また、手術時間を短くすることで、麻酔の時間が短くなり、表皮等を細菌の曝露から防ぎ、結果として感染予防にもつながります。

そして3つ目の人工関節の設置不良を防ぐために、私たちは自分の目と手で人工関節を正しく設置できる技術の習得が第一と考えています。最近はナビゲーションシステムや手術支援ロボットが使われますが、術前に必ずCTを撮影して三次元構築をイメージし、手術中もそのCTの画像を見ながら、実際の関節内部の状況と照合して進めています。

MIS-THAは、筋肉、腱、膜等の軟部組織をどのように避けていくかが重要です。人工関節をセッティングするための視野を確保するには、軟部組織を丁寧に避けていき、機器をどの位置でどう使うのかが大切になります。関節内のどこを見たいかによっては患者さんの脚の位置も動かす必要が出てきますので、側臥位で行うことで患者さんの脚を自由に動せることも大きな利点です。

Live Surgeryでは、術野だけを拡大して見るのではなく、術者全体の動きにも注目してほしいと思います。先ほど述べた特殊な手術機器を使った視野確保の方法などについても触れていく予定です。


3.術後

術後は、その日のうちにリハビリを開始します。リハビリテーション科医の立ち会いのもとに、ベッドサイドに立って足踏みをしてもらい、可能であれば廊下を歩きます。常に弾性ストッキングを履き、フットポンプを着けてふくらはぎを揉み、深呼吸をくり返してもらいます。脚のふくらはぎの筋肉を活発に動かし、深呼吸をすることで、術後の深部静脈血栓塞栓症、肺血栓塞栓症の予防につながります。

術後に痛みや悪心・嘔吐を訴える方もいるので、全例に鎮痛薬を処方し、悪心・嘔吐には中枢性制吐薬で対処しています(保険適用外)。薬剤で痛みや悪心・嘔吐を抑えてでも、早期に動くことを優先しています。

手術翌日からは、在宅時と同じ服装、同じ履物で、女性であればお化粧もしてもらい、病院内で積極的に動いていただきます。夕方からは食事も始まります。手術2日後にはシャワーも浴びられます。そして、患者さんの状況によっては3日後、5日後には、杖で廊下の端から端まで約100メートルを歩き、手すりを伝って階段昇降ができれば入院の必要はなくなります。手術跡のチェックと検温で問題がなければ、無事退院です。

退院時には、在宅でもリハビリと筋力トレーニングを続けていただくために、わかりやすい指導用パンフレットをお渡しします。退院後の受診は2カ月後で、その後、半年、1年、2年、5年、10年、15年…というスケジュールで人工関節の状態の確認に来院していただきます。若い患者さんで人工関節の状態が良好なケースでは来院されなくなりますので、3年間未受診の方には毎年書面で連絡しています。




3新たな試みと今後の抱負


最近、医療機器メーカーと共同して、患者さんの状態を確認するためのアプリケーションを開発しました。手術の約2カ月前から手術後約半年までを目安に、患者さんへの指示や状態確認の問い合わせが定期的にスマートフォンに送られるというもので、まもなく稼働し始めます。

私がMIS-THAに長年取り組んできたのは、患者さんの入院期間短縮と早期の社会復帰を実現したいという思いからです。入院が長期になれば、高齢者は筋力が落ちてますます衰えますし、その分医療費もかかってしまいますので、高齢者の長期入院は絶対に避けなければいけません。そのためにも、MIS-THAの普及と後進の指導に今後も注力していきたいと思っています。




4今回の動画配信をご覧になる先生方へのメッセージ


整形外科は頸から足先まで扱う非常に特殊な診療科です。一般病院で研修を受けることになれば、あまりにも広範囲の疾患を診療するため、1つの分野でエキスパートになることはなかなか難しいでしょう。一方、患者さんの視点に立てば、たとえば股関節における痛みの場所と原因が特定でき、それがTHAで治せるとわかれば、専門医に診てもらいたいと考えるはずです。人工関節は、患者さんのニーズとして今後も確実にあるのです。今回のLive SurgeryでTHAに関心を持たれた先生方は、ぜひ人工関節を究めることを目指していただきたいです。そのためには、できるだけ若いうちに、それもできれば週に複数回というように短期間に多くの症例を経験できる施設を探して勉強していただきたいと思います。



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