出張型暮らしの保健室~病院の外で活躍する専門職~
暮らしの保健室おおくぼ(医療法人燈来会大久保病院)
誰もが無料で医療・健康・介護など暮らしにかかわる相談ができる場として、地域住民らの拠り所となっている「暮らしの保健室」。広く知られているのは、訪問看護師の秋山正子氏が2011年に東京都新宿区に開設したものですが、そのほかの地域においてもそれぞれ独自のスタイルをもった暮らしの保健室が次々と誕生しています。今回は、医療法人燈来会大久保病院の「暮らしの保健室おおくぼ」が地元の町おこしイベントに出店した際の様子をお伝えします。
各地に広がる暮らしの保健室
日本の訪問看護の第一人者であり、顕著な功績のあった看護師等に贈られる世界最高の記章であるフローレンス・ナイチンゲール記章の受賞者でもある秋山正子氏が2011年7月、東京都新宿区に「暮らしの保健室」を開設しました。「暮らしの保健室」の名称は商標ではないため、秋山氏と同じ志をもつ人であれば、この名称を用いて活動をしてよいとされています。
そのため、今、地域の特性に合わせた独自のスタイルをもつ「暮らしの保健室」が各地に誕生し始めました。医療法人社団ささえる医療研究所も、「暮らしの保健室」を運営する団体の1つです。北海道岩見沢市、旭川市、北広島市において医療を提供する同法人は、直営の「暮らしの保健室」をもつほかに、暖簾分けによって北海道札幌市、神奈川県藤沢市、岐阜県関市、徳島県徳島市でも取り組みを展開しています。
今回取り上げるのは、ささえる医療研究所の暖簾分けの1つである「暮らしの保健室おおくぼ」(医療法人燈来会大久保病院)です。2019年4月より毎月第2、4火曜に病院敷地内の中庭において開催される「暮らしの保健室おおくぼ」には、健康相談コーナー、医療福祉相談コーナーのほか、骨密度測定機、体脂肪測定機、野菜、果物などの移動販売などがあり、受診をした人やそのご家族はもちろん、ふと思い立って立ち寄った近隣住民なども有意義な時間が過ごせます。これまでは病院敷地内にて開催していましたが、2019年10月27日、「出張」というかたちで徳島市に隣接する松茂町の主催するイベント、まつしげまるしぇに初出店しました(図1、2)。
多職種でアウトリーチ
まつしげまるしぇは、松茂町役場チャレンジ課が主催する町民および近隣の住民を対象とした町おこしイベントです。商工会や地元企業が多数出店し、生鮮食品、農産加工品、雑貨のほか、焼き芋、らーめん、クレープなどの軽食を販売する同イベントは、2018年度にスタートし、これまでに6回開催されました。毎回1,000人以上が来場するイベントとして発展中です。チャレンジ課の上級主事である吉田剛士氏は、今回のテーマを「健康」と定めたことについて次のように語りました。「まつしげまるしぇの出店者を募る際にも、住民の方々にアピールする際にもテーマがあったほうがよいと考え、今回初めて設定しました。テーマを検討する際に参考にしたのは、来場者の傾向です。家族連れが多く、年齢層が多岐にわたるため、性別、年齢を問わず興味をもっていただける『健康』を選びました。『暮らしの保健室おおくぼ』は今回のテーマに直結する取り組みをされていますから、出店を決めていただけてうれしく思っています」。
同イベントへの出店について、「暮らしの保健室おおくぼ」の責任者であり、大久保病院の副院長である玉木克佳先生は「全国各地で地域包括ケアシステムの構築に向けた取り組みが盛り上がる今、当院もそこにかかわるべきだという思いから、2019年の春より『暮らしの保健室おおくぼ』を始めました。出張は今回初めての試みです(図3)」と次々と寄せられる相談に応じる合間にお話ししてくださいました。玉木先生は、地域の人々の健康を支えることに加えて、自身が産業医としてかかわる株式会社大塚製薬工場の健康経営にも真摯に取り組みたいとの考えをもっています。「松茂町をはじめ、徳島県には大塚製薬工場の従業員が数多くいます。産業医として大塚製薬工場の社員の健康を守ることは、地域の人々の健康を守ることとほぼ同義でしょう。まつしげまるしぇへの出店と産業医としての取り組みは、一見、共通点がないようですが、実は対象者も目的もリンクしているのです」(玉木先生)。
この日、70歳代の男性から相談を受けた薬剤師の加地司氏(加地薬局/大久保病院の近隣薬局。「暮らしの保健室おおくぼ」の取り組みに参画中)は「開場からほどなくして、薬を減らしたいという相談を受けました。その方はポリファーマシーのリスクをご存じで、かつ、複数の薬を飲むことを負担に感じられていました。この場で主治医に疑義照会をすることはできませんが、『薬を減らしたいと先生に相談することに抵抗を感じなくてもいいですよ』と伝えて、その方の背中を押すことができたのは大きいと思います」と、手ごたえを感じていました。
「暮らしの保健室おおくぼ」のコーナーを訪れた人の身体測定などを担当していた作業療法士の吉野哲一氏(大久保病院/「暮らしの保健室おおくぼ」の取り組みに参画中)は、この取り組みについて「押しつけがましくなく行動変容を促せる」と言います。「雑談のなかに運動を促す話をさりげなく織り交ぜることで、相手から『運動してみようかな』『もう少し歩こう』という意欲を引き出すことができます。それは介護予防の第一歩でしょう。また、私が常々患者さんにお伝えしていることの1つに『100回の筋トレより、1回の楽しいお買い物』があります。『楽しいお買い物』は本当によい介護予防です。まつしげまるしぇは『楽しいお買い物』の場ですから、私たちが出張という形で出店し、まつしげまるしぇを盛り上げる一助となれたのはとても素晴らしいことだと感じます」(吉野氏)
歯科医師の原亮先生(富塚歯科医院/大久保病院の入院患者を対象に、毎週金曜に回診している。「暮らしの保健室おおくぼ」の取り組みに参画中)は60歳代の女性から歯のかみ合わせについて相談を受けました。「多くの人が行きかうイベント会場ですから、この場で大きく口を開けていただいて口腔内の様子を確認することはしませんでしたが、かかりつけの歯科医院にかかるようにアドバイスをしました。歯や歯肉に明らかな異常がなくても、気がかりなことがあるならば受診して問題ありません。それはオーラルフレイルなどの早期発見などにつながるでしょう。私たちは医療者ですが、ここでは診断や治療ではなく健康にかかわる啓発をすることが務めだと思っています」(原先生)。
店頭の相談テーブルには入れ替わり立ち代わり人が訪れ、相談を受けるスタッフと相談者がしばしば笑いながら話をしています(図4)。病院や診療所は一般の人々にとっては非日常的な空間であり、緊張したり萎縮したりする人もいますが、同イベント会場は暮らしの場に近いため、リラックスした雰囲気のなかで健康に関する相談ができます。玉木先生と原先生とお話をしていた60歳代の男性は「ちょっとした体の不調のためだけにわざわざ病院にかかろうとは思いません。でも、まつしげまるしぇで健康相談ができると聞いて立ち寄ってみました。とても気軽に相談できてよかったです。考えてみれば、医師と歯科医師の先生から同時にアドバイスをいただける場は貴重ですね。ありがたいです」と、「暮らしの保健室おおくぼ」のよさを実感していました(図5)。
今回の「暮らしの保健室おおくぼ」のコーナーでは、通常の病院敷地内で開催する時と同様に、医師、歯科医師、薬剤師、看護師、作業療法士、管理栄養士が待機していました(図6)。医療機関ではない場所で、6職種の専門職から健康に対するアドバイスを得られるのは大変めずらしいことです。専門職のアウトリーチの必要性は高いとみなされていながらも、全国的にも事例がほとんどありません。そのようななかで「暮らしの保健室おおくぼ」の出張型の取り組みは大変先進的であるといえるでしょう。
地域全体の健康の維持・向上の結果は短期的には表れにくく、また結果を数値化することは容易ではありません。出張という形で「暮らしの保健室おおくぼ」が病院の外に向けて踏み出した一歩が、その成果に近づくための大きな一歩となることが期待されます。
取材施設概要
●暮らしの保健室おおくぼ
- 開催場所:徳島県徳島市大道2-30(医療法人燈来会大久保病院敷地内)
- 開催日:毎月第2、4火曜日
- 開催時間:12:30~14:00
- 電話番号:088-622-9156
2019年10月取材