Culture in Psychiatry
表現者としての栄光と,1人の少女としての悲劇
―ブラック・スワン―
精神科臨床 Legato Vol.3 No.4, 48-49, 2017
芸術は悲しみと苦しみから生まれる,という言葉が示すように,真に迫る作品や表現を生み出すためには内に抱える闇の部分をさらけ出すことを恐れず,時には自分の身を削ることも厭わないのが表現者の性であるのかもしれません。アメリカの思想家ラルフ・ウォルド・エマーソン(1803~1882年)は,「芸術家は自分の芸術の犠牲にならなければならない」といっています。
一流のアーティストを夢見る若き才能に限らず,学問やスポーツ,高度な専門性をもつ職業などの分野に身を投じようとするならば,少なからぬ犠牲を払わなければ目標に到達することは叶わないというのはある程度事実といえます。ここでいう犠牲とは,自分が対象に身を捧げている間に他人が享受しているかもしれない娯楽や趣味の時間,青春や恋愛といったあたりに相場が決まっているように思いますが,これが「命を脅かすほどの健康」となると話は全く違ってきます。
2010年のアメリカ映画『ブラック・スワン』に登場する若きバレリーナのニナも,自身の表現の限界や周囲からのプレッシャーを乗り越えようともがき苦しみながら,バレエに自らの生命を傾けていきます。ニナを演じたナタリー・ポートマン自身,1年におよぶバレエの特訓や10kg近い減量といったまさに身を削るような役作りの甲斐あって,この作品で第83回アカデミー主演女優賞をはじめ数々の栄誉を手にしています。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。