温故知新 うつ病の理解を深める
文化・社会的側面から見るうつ病① 社会の変化と「うつ病」の変容
DEPRESSION JOURNAL Vol.10 No.3, 22-23, 2022
1980年代のはじめ,単極性うつ病の議論が盛んになされ,テレンバッハの『メランコリー』がよく読まれていた頃,「メランコリー親和型うつ病という概念がこれほどに浸透したのはドイツと日本くらいで,他の国ではあまり問題にされていない」ということをしばしば耳にした.他の国では「秩序志向,伝統墨守,几帳面」などという特性は適応的でなく,ある種の欠陥だ,とさえ言う人もいた.他の国というのは,当時の日本の平均的精神科医の視野からいって,英米,そして南欧,北欧くらいを指していたのだろう.しかし,筆者が1980年代半ばに留学した南仏マルセイユの大学では,主任教授がドイツ現象学的精神病理学のフランスへの紹介者A.タトシアンであったこともあって,『メランコリー』は読書会で取り上げられ,フランス社会におけるその意義がさかんに論じられていた.1990年代に交流した韓国でもよく知られている本であった.
日本で「秩序志向,伝統墨守,几帳面」という言葉で論じられた社会との関わりを,「公共性」あるいは「役割同一性」という言葉で捉え,その社会で受け入れられている役割をどの程度引き受けるかという意味へと一般化するなら,「役割同一性」がきわめて強い傾向にある人がその同一性を適応的方向で極める中で突然「うつ」へと転ずるという「メランコリー親和型のうつ病」の発症のドラマは,1980年代のさまざまな国々で起きていたことだと思う.
私がいま関心をもつのは,この社会的役割というものの価値がそもそも希薄になった,20世紀最後の10年を経た後の世界における単極性うつ病の病態の変化である.
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。