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糖尿病入門

日本人2型糖尿病の特徴は?

河盛隆造

DIABETES UPDATE Vol.2 No.3, 26-33, 2013

はじめに
 「日本人は総じてインスリン分泌が低い→些細なインスリン抵抗性が加味される→すぐにIGT(耐糖能異常)や2型糖尿病発症→高血糖がインスリン分泌をますます低下させる,一方,欧米人はインスリン分泌量が大→高インスリン血症→さらなる肥満→インスリン抵抗性が増大→IGTや2型糖尿病を発症する」,その差異が欧米人と異なり「日本人2型糖尿病患者では,動脈硬化症の進展度は欧米人に比し少ない」,などと今まで説明され続けてきた。
 多くの医学生,研修医もそのように教育されてきたのではなかろうか。一例一例,患者を診ていて,それを疑ったことはありませんか? さらに研修医が回診時に常に使う言葉,“glucose toxicity”,“インスリン抵抗性”,これらの言葉が何を意味しているのか,具体的にはどのようなことを指しているのか,深く考えたことがありますか?
 末梢血の血糖値やインスリンレベル(IRI)を見て,どのように理解すればよいのか,これらが何を反映しているのか,どのような因子がこれらに影響しているのか,それを「インスリン分泌低下」とか「インスリン抵抗性がある」,などという一言で片づけてはいませんか? BMIだけをみて「欧米人は肥満だ」,と判断してはいませんか?

日本人2型糖尿病では心血管イベントは欧米人に比し少ないか?

 糖尿病患者において,糖尿病性網膜症の発症・進展は眼底所見により,腎症の発症・進展は尿中アルブミン排泄率により,神経障害の発症・進展はアキレス腱,膝蓋腱反射の有無,などにより把握しうる。では,今や糖尿病治療の所期の目的となっている動脈硬化の発症・進展阻止の効果を把握するにはどのような手法があるのか,動脈硬化症の進展度は,いかなる検査により定量的に判断できるであろうか。症状が出現するまで待つのですか? 私どもは1988年より種々の画像診断を試み,結果的に頸動脈Bモードエコー法による,頸動脈内膜中膜複合体肥厚度(intimal plus medial complex thickness:IMT)やプラークの有無,その性状を推定することが有用であることを示してきた1)。
 私どもが1992年に発表した成績によると,健常人では年齢と共にIMTは増加したが,IMTが1.1 mm以上になることは稀であった。糖尿病患者約1,800名では20~70歳代まで,年代毎の健常人に比べ有意にIMTが増加した。ことに,20~40歳代の糖尿病患者のIMTは,健常人50~70歳代と同等であり,20~30年早く動脈硬化が糖尿病患者において進展している可能性を認めた1)。私どもの日本人での追跡研究では,IMTは健常人では1年に0.01 mm程度厚くなり,血糖コントロール不良2型糖尿病では0.04 mm程度厚くなる。糖尿病患者におけるIMT規定因子は,血糖コントロール状況,血圧,脂質代謝状況などである。さらにIMTがMRIによる小ラクナ梗塞巣の有無や冠動脈造影法による狭窄状況と相関することを示した2)。
 驚いたことにIMTが世界中で広く用いられ始めると,それら欧米人での値と日本人での成績は一致しており,心血管イベント経年観察成績なども一致していた。すなわち,日本人2型糖尿病では,欧米人2型糖尿病と同程度の頻度で心血管イベントが発症しており,決して日本人では少ないわけではないことが判明している。

IGTにおけるインスリン分泌動態とインスリンの働き

 私どもは1994年に,経口ブドウ糖負荷試験境界型,IGT例でIMTを測定する機会に恵まれた。驚いたことに同年齢の糖負荷試験正常型群,糖尿病型群と比較して,IGT群では糖尿病型群と同等にIMTが厚くなっていることが判明した3)。その後,欧州でのDECODE研究などにより,IGT例では心血管死が多いことが示され,「IGTは動脈硬化が進行するステージである」と教科書に記載されるに至った。しかし,2型糖尿病のみならずOGTT境界型はインスリン分泌能,インスリン抵抗性の面からみると,極めて不均一な集団である。前述例を一例一例見直したところ2),驚いたことにその大多数は遅延インスリン分泌を呈していた。図1の左側2段はインスリン分泌が遺伝的に規定されているのであろうか,遅延かつ低値であるのに,75 gものブドウ糖を一気に飲用したにもかかわらず,高血糖になっていない,すなわち全身でのインスリンの働きがむしろsupernormalである,と理解しなければならない。

これらの例では,IMTは正常域であり,肥満,高血圧,高中性脂肪(TG)血症もなかった。一方,図1右側2段はインスリン分泌が遅延しているものの,1あるいは2時間値IRIが100 μU/mLとむしろ過剰分泌を呈していた。すなわち「インスリンの働きが低下」し,代償的に高インスリン血症になっている,と考えられた。これらの例では,IMTは高値であり,平均BMI 25,拡張期血圧83 mmHg,TG215 mg/dLと軽度の異常を認めた。以上の結果は,血糖応答のみを見て,IGTであるからといって,食後血糖値が少々高いからといって,動脈硬化が進行する訳ではないことを示唆する。
 OGTTは負荷試験であることも理解すべきであろう。図1左側の例では,日常生活下では食後血糖値が140 mg/dLを超してはいないこと,グリコアルブミン値などの測定から判明している。一方,図1右側の例では,毎食後に血糖値が170 mg/dL程度にまで上昇し,その結果グリコアルブミン値が正常人の上限値16%を超えていることも認めている。
 これらの結果から,“高インスリン血症が動脈硬化症の引き金”と捉えられがちであるが,インスリン分泌が過剰にならざるをえない,全身のインスリン作用低下状況が重なって動脈硬化症を発症させるものと考えたい。インスリン遅延分泌動態を有する例で,インスリン作用低下が加味された場合に初めて,食後高血糖が観察され,かつ動脈硬化症が進行し始めることから,筆者はこのような病態を“bad companions”と名付けてきたが,最近ではメタボリックシンドロームとして纏められているといえよう。
 いまや,IMTは,早期の頸動脈硬化病変の指標として世界的に定着してきた。またIMTは将来の動脈硬化症によるイベントの予知因子にもなりうることから,1例1例についてIMTを観察し,肥厚してきたら,その原因を追跡することが重要であろう。さらには,心血管イベントのsurrogate endpointとしてIMTは多くの臨床試験で有用であると考えられる。

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