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Pros & Cons

オセルタミビル耐性は存在するか

高下恵美田代眞人

感染症道場 Vol.2 No.1, 38-41, 2013

はじめに
 オセルタミビルは,インフルエンザウイルスの表面に存在するノイラミニダーゼ(neuraminidase:NA)蛋白に結合し,その機能を阻害することによってウイルスの増殖を抑制する。オセルタミビル耐性ウイルスとは,オセルタミビルに対する感受性が低下し,抵抗性を獲得したウイルスである。オセルタミビルに対するウイルスの感受性は一般に,薬剤感受性試験により得られるIC50値,すなわちNA蛋白のもつ酵素活性を50%阻害するのに必要な薬剤濃度で示される。しかし,耐性と判定するためのIC50の基準値は世界的に統一されておらず,各研究者に判断が委ねられてきた。また,薬剤耐性菌との相違が分かりにくいことも臨床現場に混乱をもたらす一因となっている。
 本稿ではインフルエンザウイルスの薬剤耐性について解説し,オセルタミビル耐性の存在について考えてみたい。

薬剤耐性インフルエンザウイルスと薬剤耐性菌

 薬剤耐性インフルエンザウイルスあるいは薬剤耐性菌の判定にはいずれも薬剤感受性試験が用いられるが,双方の試験には大きな隔たりがある(表1)。

細菌では菌株の増殖能を指標とするのに対して,インフルエンザウイルスでは薬剤の標的であるNA蛋白の酵素活性を指標とする。したがって,インフルエンザウイルスの感受性試験では,ウイルスが失活し増殖能を失っても試験は成立する。高病原性鳥インフルエンザウイルスの試験では,バイオセーフティの観点から,あらかじめ失活させたウイルスを用いる場合もある。
 細菌では薬剤感受性と増殖能の間に相関関係があり,耐性菌とは薬剤存在下でも増殖可能な細菌を意味する。一方,インフルエンザウイルスでは薬剤感受性と増殖能の間に直接的な相関関係はなく,耐性ウイルスとは薬剤存在下でもNA蛋白の酵素活性を維持できるウイルスを意味する。この違いは薬剤の作用機序に因るところが大きい。抗菌薬は主に細胞壁合成阻害薬,蛋白合成阻害薬,核酸合成阻害薬に分類されるが,いずれも細菌の構成成分の合成を阻害することで細菌の増殖を直接的に抑制する。一方で,オセルタミビルはNA阻害薬であり,ウイルスの合成は阻害されない。NA阻害薬はNA蛋白の酵素活性を阻害することで合成されたウイルスの拡散を阻害し,結果的にウイルスの増殖抑制につながる。なお,日本国内での販売に向けて現在承認申請中の新規抗インフルエンザ薬favipiravirは,抗菌薬と同じく核酸合成阻害作用をもち,ウイルスの合成を阻害することで増殖を抑制すると考えられている。したがって,favipiravirに関しては細菌の場合と同様にウイルスの増殖能を指標とする感受性試験が想定される。
 薬剤耐性インフルエンザウイルスと薬剤耐性菌には,感受性試験での判定基準にも大きな違いがある。細菌の感受性試験には,最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration:MIC)を測定する微量液体希釈法と阻止円径を測定するディスク拡散法があり,いずれもClinical and Laboratory Standards Institute (CLSI)による標準法が世界的に広く採用されている。CLSIは耐性の判定基準となる測定値を菌種ごとに示しており,試験菌株はMICあるいは阻止円径により,感受性,中間および耐性の3つに分類される(表2)。耐性菌の増殖能は通常の薬剤投与では阻害されず,耐性菌に対する薬剤の臨床効果は期待できないことが予測できる。インフルエンザウイルスの感受性試験には主に蛍光法と化学発光法があり,自家試験の他にLife Technologies社から市販されているキットによる標準法も利用できる。しかし,耐性の判定基準となるIC50値は示されていない。インフルエンザウイルスの薬剤耐性は薬剤存在下での増殖能を示すものではないため,IC50値からウイルスに対する薬剤の臨床効果を予測するのは困難であることが最大の理由である。
 以下に臨床試験およびサーベイランスにおける耐性ウイルスの判定基準の事例を紹介する。

臨床試験における耐性ウイルスの判定基準

 オセルタミビルの国内外臨床試験における耐性ウイルスの出現率は18~65歳の成人および青年で0.32%(4/1,245例),1~12歳の小児で4.1%(19/464例)であったと添付文書に記されている。この臨床試験における耐性の判定基準は「IC50が薬剤投与前に採取された同亜型のウイルスの平均値より2SD以上高い,あるいは同一患者から薬剤投与前に採取されたウイルスより4倍以上高い」とされている1)。一方,オセルタミビルと同様の作用機序をもつペラミビルに関しては,国内第Ⅱ相および第Ⅲ相試験における感受性低下ウイルスの出現率は成人で5.4%(5/92例),小児で7.9%(7/89例)であったと医薬品インタビューフォームに記されている。この臨床試験における感受性低下の判定基準は「IC50が薬剤投与前に採取されたウイルスより3倍以上高い」とされている。
 上記2品目の臨床試験で報告された「耐性ウイルス」と「感受性低下ウイルス」の違いは何か? そこに明確な区別はない。耐性の判定基準となる統一的なIC50値が示されていないことを象徴する事例であろう。

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