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Special Article 総説

加齢性筋肉減少症(サルコペニア)の基礎と臨床

鈴木隆雄下方浩史

Locomotive Pain Frontier Vol.2 No.2, 20-25, 2013

高齢者,特に後期高齢者に頻出するサルコペニアについて,その病因,診断方法,疫学等について紹介する。サルコペニアについては単に筋肉量の減少のみならず,筋力低下およびそれに起因する生活機能低下も考慮した診断方法が重視されている。最近のヨーロッパの研究グループの提案した診断のためのアルゴリズムは評価される一方,cut-off値などの問題点が指摘され,対象者や地域による対応も必要と考えられている。

サルコペニアの疫学(診断も含む)

 加齢に伴うサルコペニアは早くから注目され,高齢期の日常生活動作(ADL)や生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼすことは知られているが,その定義については現在に至ってもなお,確定されていないのが現状である。サルコペニアの原因については,①蛋白質不足や血清ビタミンDレベルの低下等の栄養学的な不良,②性ホルモンやIGF-1等のホルモンの変化,そして③IL-6,IL-10,TNF-α等の炎症性変化などが背景となっている(図1)。

しかし,これらの原因やメカニズムについては,いわゆる老年医学の領域で問題となる「虚弱(frailty)」と重複する部分が多い。また,サルコペニアと密接に関連する高齢者の体力低下に関しては,身体計測値からは握力や膝伸展力などの筋力が測定され,栄養学的指標としては血清アルブミン濃度やビタミンD(25-OH-D)濃度が主に測定されてきた1,2
 高齢期,特に後期高齢者においては,サルコペニアとなることは避けられず,また必然的に筋力低下を伴う。このような加齢に伴う筋肉量の減少に関するcut-off値については骨粗鬆症における骨密度減少と同じ方法で考えることが可能であり,また欧米の多くの研究でもその様式を用いたものが少なくない。すなわち,健全な若年成人(四肢における)筋肉量平均値(Young Adult Mean;YAM)の2SD以下をサルコペニアと定義して分析するものである。例えばBaumgartnerら3はNew Mexicoの高齢者調査において,883名の対象者にDXA法を用いて測定し,得られた四肢の筋量の合計(appendicular skeletal muscle mass;ASM)を身長(m)の2乗で除したSkeletal Muscle Mass Index(SMI)を指標とし,若年平均の2SD以下をサルコペニアと操作的定義を提唱したうえで,その出現率は65~70歳では13~24%,80歳以上では50%以上に増加すると報告をしている。
 Iannuzzi-Sucichら4も同様にDXA法を用いて64~93歳の男女337名を測定し,筋肉量/身長(m)2を求め,やはり若年平均2SD以下をサルコペニアと定義し,その結果,対象者では女性の22.6%,男性の26.8%がサルコペニアと判断されたと報告している。さらに年齢区分からみた場合では80歳以上では各々31%,45%に増加している。一方,Visserら5はやはりDXA法を用いて筋肉量を測定し,下位15パーセンタイルに属する者をサルコペニアと定義している。これは握力で40%以上の減少あるいは筋肉量で3%以上の減少と等価であるとし,さらに初回調査時の血中ビタミンD濃度の多寡によってその後の握力の低下や筋肉量の低下を3年間にわたる追跡研究から分析を行っている。その結果,低ビタミン血症(25-OH-D<25 nmol/L)では正常に比し,握力低下のオッズ比は2.6倍,筋肉量低下は2.1倍となり,有意にサルコペニアの進行することを明らかにしている。
 サルコペニアにおいては上述のように必然的に筋力の低下が伴う。その結果さまざまな障害が発生することになるが,特に転倒発生とは関係性が大きい。Morelandらは上肢,下肢での筋力低下と転倒の関連性をメタアナリシスによってまとめている6。その報告によれば「椅子からの立ち上がり時間」と「膝伸展筋力」で規定される下肢筋力の低下はいかなる種類の転倒とも有意に関連していたが,特に外傷を伴う転倒とはオッズ比で約1.5倍,繰り返される頻回の転倒とは2.2~9.9倍のオッズ比となっている。上肢筋力の低下も下肢筋力の低下ほどではないにしても,頻回転倒とは1.4~1.7のオッズ比を示し,いずれの筋力低下も転倒発生と有意な関連を認めている。このように高齢者に頻発する転倒に対する筋力のメカニズムとして,高齢者では若年者に比べ下肢帯屈曲筋群と膝伸展筋群の歩行時の活動遅延7,あるいは歩行時の前傾姿勢から1歩踏み出す回復動作時に下肢帯屈曲筋群や伸展筋群のトルクが低下していること8,などがあげられている。
 最近わが国でもサルコペニアに関する疫学的研究も報告されるようになった。Sanadaら9は1,488名の日本人成人を対象としてDXA法でBaumgartnerらと同様,四肢骨格筋量を測定し,それを身長(m)の2乗で除したSMI(kg/m2)を算出している。その結果,日本人においては18~40歳のappendicular muscle mass(AMM)を基準としたときのマイナス1SDのSMIは男7.77,女6.12であり,マイナス2SDのSMIは各々6.87,5.46であったとしている。このcut-off値を用いるとマイナス1SD以下の者は男性56.7%,女性33.6%になると報告している。

生活動作からみたサルコペニア

 サルコペニアの筋肉量に注目した診断方法については上記の項で述べられているが,高齢者のサルコペニアを基軸とした数多くのコホート研究を含む疫学研究からは筋肉量の減少あるいは筋力の低下はいずれも生活機能の低下,あるいは転倒・骨折の増加と有意な関連性をもったことが明らかにされている。したがって高齢者におけるサルコペニアの診断については従前より単に筋肉量の低下のみならず,筋力の低下あるいはそれらに基づく生活動作に強く関与する運動機能の低下を考慮すべきであると考えられていた。最近ヨーロッパのサルコペニアに関するワーキンググループ(EWGSOP)10より提案されたサルコペニアに対する診断のアルゴリズムはまず歩行速度を測定することから開始されており(図2),まさに上述のサルコペニアを生活機能低下を重視するという考えに沿った診断のためのフローを示しており,きわめて興味深い。

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