Orthopaedic Forum 整形外科領域における様々な話題
整形外科と細胞リプログラミング
Locomotive Pain Frontier Vol.1 No.1, 44-46, 2012
iPS細胞の開発により,細胞リプログラミング技術が発展し,体細胞のタイプを変えることが可能になった。皮膚の線維芽細胞から目的の細胞を誘導するには2つのアプローチがある。1つは,まずiPS細胞を誘導し,そこから目的の細胞へと分化させるアプローチ。もう1つは,線維芽細胞を目的の細胞へ直接誘導するアプローチである。軟骨の場合,誘導した軟骨細胞は,関節軟骨欠損の再生医療研究や,骨系統疾患の疾患モデル研究に使われる可能性がある。
iPS細胞の開発と細胞リプログラミング
整形外科が扱う組織のうち,骨,軟骨,筋,皮下組織を構成する骨芽細胞,軟骨細胞,筋細胞,真皮線維芽細胞は,発生過程では中胚葉の未分化間葉系細胞に由来し,発生上は近い関係にある(図1)。
「骨折は治るが,軟骨損傷は治らない」と言われるが,偽関節や巨大骨欠損は治らない。軟骨,骨,筋ともに,治らない部分は瘢痕組織で埋められる。軟骨の場合,その組織は線維軟骨(fibrocartilage)と呼ばれる。比較的入手しやすく,増やしやすい真皮線維芽細胞を,軟骨細胞や骨芽細胞,筋細胞に変えて,病変部に自家細胞移植して治療する方法は治療法の1つになりうる。
山中らが2006年にマウス細胞で,2007年にヒト細胞で行ったinduced pluripotent stem(iPS)細胞の開発1,2は,これを現実に近づけた。すなわち,分化した真皮線維芽細胞に4つのリプログラミング因子(c-MYC, KLF4, SOX2, OCT3/4)を導入することで,ES細胞のような,未分化で多能性をもちながらほぼ無限に増殖する細胞,iPS細胞に変換することができるようになった。そして次にiPS細胞に種々の因子を添加して,目的の臓器の細胞へと分化させることで,結果的に患者さん自身の皮膚から移植用の細胞を作り出すことが可能になる。また,iPS細胞の開発を契機に,体細胞に複数のキーとなる遺伝子を導入することで,目的の臓器の細胞を直接,多能性の状態を経ることなく誘導することが試みられた。膵外分泌細胞を膵ベータ細胞へ誘導するほか,真皮線維芽細胞を神経細胞,心筋細胞,血液系細胞,軟骨細胞,幹細胞へ誘導することが報告されている。
われわれも,マウス真皮線維芽細胞に2つのリプログラミング因子(c-MYC, KLF4)と1つの軟骨因子(SOX9)を導入することで,多能性の状態を経ずに,軟骨細胞を直接誘導することを報告した3。このような細胞誘導が可能なのは,各体細胞が元は1個の細胞である受精卵に由来し,同じ遺伝子をもっているからである。細胞のタイプの違いは,遺伝子DNAのメチル化やDNAが巻き付いているヒストンタンパクの修飾の違いなどに依っている。細胞リプログラミングとは,これらのDNAメチル化やヒストン修飾などを変えることで,細胞のタイプを変えることであろう。他のタイプの細胞に直接変換することはダイレクト・リプログラミングと呼ぶこともある。さらには,変性組織である線維軟骨を構成する細胞も元は同じ細胞で同じ遺伝子をもつので,正常軟骨細胞へとリプログラムできるかもしれない。
細胞リプログラミングの臨床応用
将来,細胞リプログラミング技術が臨床に応用されうる場面として,再生医療と疾患モデルの2つがあるとされている(図2)。
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