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Column オピオイドを理解する

臨床からみたオピオイドの歴史

井関雅子

Locomotive Pain Frontier Vol.1 No.1, 42-43, 2012

オピオイド鎮痛剤のルーツはアヘンであるが,現在承認されているオピオイド鎮痛剤はアヘンとは全く異なり,安全域も広く,通常は疼痛下における精神依存の発生率は非常に少ないと考えられている。古代より現代に至るまで,鎮痛剤として手術に伴う痛み,がんの痛み,非がんの痛みなど,さまざまな痛みに対して使用されてきた薬剤である。

オピオイドのルーツ

 オピオイドは,アヘンアルカロイドが作用するオピオイド受容体に結合して作用する科学物の総称である。オピオイドのルーツはアヘン(Opium)であり,アヘンはケシの未熟果から出る乳液を乾燥させたものである。最古の記録はメソポタミア文明の時代までさかのぼり,「喜びをもたらす植物」と呼ばれ,その精製技術はバビロニア人からエジプト人へと伝えられた。
 14世紀以降,イスラム文化権ではアヘンを嗜好品として楽しむ習慣が広がり,18世紀に入るとアヘンを喫煙する風習が清(中国)で拡大してアヘンへの依存問題が社会問題に発展,さらに英国東インド会社からの輸入禁止をめぐり,アヘン戦争へと発展した。したがって,それらの文化圏では,あまりアヘンの医療薬としての研究は行われなかった。

欧州と米国のオピオイドの歴史

1.鎮痛剤としての研究・臨床の歴史
 中東からの影響を受け,14世紀から16世紀までは欧州においてアヘンの医学的使用は積極的に行われなかったが,16世紀に入り,スイスのバーゼル大学医学部教授であったParacelsusが,アヘンチンキ(アヘンのアルコール溶液)を「Laudanum」と名づけて,鎮痛剤として使用した。続いて1665年にJohann Sigmund ElsholtzとJohann Daniel Majorらは,イヌの手術時の静脈麻酔薬として使用することに成功した。また,英国の医学の先駆者であるThomas Sydenhamは,痛みの治療においても系統的な治療を提唱し,アヘンの鎮痛作用,催眠作用,止瀉作用を高く評価して「全能の神が人々の苦悩を救うために与え賜うた薬物の中で,アヘンほど万能で有効なものはない」という言葉を残している。しかし皮肉なことに,この間,アヘンの研究や医学的使用を施行した研究者の多くがアヘン依存に陥った。さらに安全な医療薬としての確立を目指して,19世紀初頭に,ドイツの薬剤師Friedrich Wilhelm Adam Serturnerが,アヘンからモルヒネを結晶として単離することに成功し,ギリシャ神話の夢の神モルフェウスにちなんでモルフィウムと命名し,Emanuel Merckはモルヒネ含有物質の大量生産を始めた。同様に,フランスの薬理学者のPierre Jean Robiquetは,アヘンに含まれるベンジルイソキノリン型アルカロイドであるテイバンやコデインを単離した。そして,1853年に英国のエジンバラの開業医Alexander Woodにより,神経痛をモルヒネの局所注射で治療したとの報告がなされると,多くの臨床医が鎮痛のためにモルヒネの皮下注射を行うようになり,モルヒネは疼痛部位に注射をしなくても,身体のどこに注射をしても,鎮痛効果が現れることが明らかになった。
 一方で,1874年に英国の化学者Charles Romley Alder Wrightがヘロインを調合し,鎮咳剤として発売され,1901年にイタリアの外科医のRacoviceanu-Pitestiがオピオイドの髄腔内投与による麻酔の施行を報告した。さらに,1916年にドイツMartin FreundとEdmund Speyerがテイバンを原料としてオキシコドンを合成し,1925年に英国の化学者Sir Robert Robinsonがモルヒネの構造式を決定し,米国のMarshall D Gatesが1952年にモルヒネの前合成を完成,1960年にPaul Janssenがフェンタニルを合成した。
 また,米国では,1973年にSolomon SnyderとCandace Pertのグループ,Eric J. SimonとJacob M. Hillerのグループが,オピオイド受容体を発見,脳内のオピオイドの結合部位を同定し,まもなく複数の研究施設で内因性オピオドペプチドも発見された。さらにWilliam Robert Martinらは,3種類のオピオイドがそれぞれ異なる生理作用を有することを発見し,それぞれのオピオイドが作用する受容体を,μ,κ,δ受容体と名づけた。

2.臨床使用の近年の変遷
 英国では,ブロンプトンカクテル(モルヒネ,コカイン,クロロホルム水,アルコールとフレーバー付きシロップを含む)が1920年代から使用されており,1960年代にCecily Saundersと Robert Twycrossは,聖クリストファーズホスピスにおいて,がんの痛みに対して早期よりモルヒネを積極的に使用し,現在の緩和医療の基礎を築いた。そして,1986年にWHOからがん疼痛治療の指針を示した「がんの痛みからの解放」が刊行された。モルヒネ以外の経口薬や貼付剤の臨床使用については,オキシコドンは1917年にドイツで臨床使用を開始,1939年米国にはアセトアミノフェン,アスピリンとの合剤として導入,1987年単剤の速効製剤が,また1995年に徐放剤が発売された。フェンタニルの貼付剤は1990年代に発売され,速効製剤も現在は欧米で使用可能である。
 一方で,1970年代には心臓手術に対する大量モルヒネの静脈麻酔法の推奨,髄腔内や硬膜外投与による鎮痛効果の検証が行われ,PCA(patient control analgegia)を含めた麻酔薬や術後鎮痛剤としての,麻酔領域での臨床応用が拡大していった。
 また,米国のRussell K. PortenoyとKathleen M. Foleyが,37名の慢性疼痛患者に対するオピオイドの有用性を1986年に掲載した3。その後,慢性疼痛に対しても,欧州・米国でオピオイド鎮痛剤の使用が普及していき,現在に至っている。オピオイド鎮痛剤の使用によりNSAIDsによる胃潰瘍や腎障害が予防できる利点もあり,また難治性の痛みが緩和できる可能性もあるため,恩恵を被る患者も多い一方で,若年者や腰痛患者,長期高用量投与患者に対する有用性は確立されておらず,否定的な傾向にある。なお,米国では,南北戦争におけるアヘン依存,ベトナム戦争におけるモルヒネなどへの依存が社会問題となり,現在ではオピオイド鎮痛剤の誤用や濫用が問題となっており,やや特異的な状況である。

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