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Case Study 症例検討

精神医学的問題を有する腰部脊柱管狭窄―手術時期決定に難渋した症例―

二階堂琢也矢吹省司紺野愼一

Locomotive Pain Frontier Vol.1 No.1, 28-32, 2012

はじめに
 精神医学的問題を有する症例の運動器症状の診断や治療は,ときに難渋する。腰痛,下肢のしびれや痛み,間欠跛行を訴える腰部脊柱管狭窄では,器質的病変による症状が主体なのか,非器質的要因の関与が大きいのか,判断に迷うことがある。そして,画像を中心とした診断だけでは,主体となる病態を見誤る可能性がある。特に,慢性的に症状が経過している症例では,手術適応の有無や手術時期についての判断が難しい。
 本稿では,これまでに経験した精神医学的問題を有する腰部脊柱管狭窄で手術時期決定に難渋した教訓的な症例を提示し,診療のポイントについて考察する。

症例提示

【症例1】 65歳,女性
主 訴:両殿部から大腿外側,下腿外側の痛み,会陰部のしびれ,両足関節以下のしびれと痛み,両下肢脱力
既往歴:胎盤早期剥離,脳動脈瘤クリッピング,高血圧症
現病歴:当科受診の4年前に誘因なく両下肢痛が出現し,体動困難となった。複数の医療機関で投薬と物理療法による保存療法を施行されたが,症状は改善しなかった。2年前に前医を受診し,腰部脊柱管狭窄の診断で手術を勧められたが,手術に対する恐怖感から手術は希望しなかった。症状が改善しないため当科での治療を希望して紹介となった。
初診時内服薬:サルポグレラート塩酸塩,ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤,レバミピド
現 症:安静時に両殿部痛と両足関節以下にしびれるような痛みがあり,腰痛がNRS 8,殿部・下肢の痛みとしびれがNRS 10と強い症状の訴えがあった。歩行は屋内の伝い歩きのみ可能で,屋外の移動には車椅子を使用していた。身体所見では,腰椎前後屈は強い殿部痛が誘発されるためほぼ不可能であった。深部反射は,両側膝蓋腱反射が亢進しアキレス腱反射は消失していた。両側L5,S1神経根支配領域の軽度の筋力低下と両大腿から下腿,足部の非髄節性の知覚障害が認められた。歩行負荷試験1は施行できず,立位伸展負荷2では負荷直後から両大腿後面痛,会陰部と両足部の痛み,しびれ,冷感が増強し3分で限界となった。また,問診中に症状や経過を訴える際には,必ず泣きながら訴えるという特徴があった。頻尿,残尿感など自覚的な膀胱直腸障害の訴えがあったが残尿測定で残尿は認められなかった。夫と2人暮らしであったが家事はほとんど不可能で,介護保険でホームヘルパーを利用していた。腰椎単純X線像では,L5/移行椎の形態でL4とL5の変性すべりが認められた。機能撮影で不安定性は認められなかった。腰椎MRIでは,L4/5,L5/移行椎高位で脊柱管狭窄が認められた(図1a,b)。

Roland-Morris disability questionnaire(RDQ)は,20/24点と高値であった。精神医学的評価では,BS-POP治療者用19/24,患者用25/30といずれも高値であった3。また,minnesota multiphasic personality inventory(MMPI)では,妥当性尺度は正常範囲内で,臨床尺度は第1,2,3,4,6,7,8尺度で異常を示していた。特に,抑うつ尺度とヒステリー尺度が高値であり,精神医学的問題の存在が考えられた。
 以上の所見から,第4,第5腰椎変性すべりによる混合型障害,身体表現性障害,うつ状態と診断した。精神医学的問題が症状に関与している可能性があることを患者に説明し,患者背景について詳細に問診を行った。その結果,再婚した夫や義母との関係に問題があること,脳動脈瘤手術時の医療不信から,手術後にうつ状態に陥り,通院していた精神科の主治医と信頼関係を築くことができず通院を自己中止したことなどのエピソードが明らかとなった。
治療と経過:馬尾障害があることから,手術適応と考えられた。しかし,精神医学的問題の関与が大きいこと,手術に対する恐怖心と医療不信,手術を回避したいとの気持ちが強いことから,積極的に手術を勧めることはしなかった。精神科とともに集学的治療を行う方針となり,薬物療法(クロナゼパム,コデインリン酸塩(以上当科より処方),トラゾドン塩酸塩(精神科より処方),運動療法,カウンセリングによる治療を行った。しかし,症状は改善しなかった。治療開始から約1年後に排尿障害が出現,乏尿状態となった。泌尿器科で尿閉,水腎症と診断され,膀胱留置カテーテルが挿入された。腰部脊柱管狭窄による神経因性膀胱の診断で緊急手術(L4/5,L5/移行椎高位の選択的除圧術)を施行した(図1c,d)。術後,自排尿は可能となったが,残尿が多いため,間欠的自己導尿を余儀なくされている。術後3年が経過した現在,安静時に認められた腰痛は,NRS 8からNRS 5へ,殿部・下肢の痛みとしびれはNRS 10からNRS 7へと自覚症状の改善は軽度であるが,屋外の歩行が可能となり,旅行ができるようになるなど活動範囲が拡大している。手術への満足度は,80/100%と高い。症状には精神医学的問題が関与していた可能性が高いことについて,本人と長女の理解も高く,残存症状に対する薬物療法を継続している。

【症例2】 69歳,女性
主 訴:腰痛,両膝以下のしびれ,会陰部と両足底の違和感,両下肢全体の冷感,間欠跛行,頻尿,排尿開始遅延
既往歴:高血圧症,高脂血症
現病歴:当科受診の約10年前に腰痛と両足趾のしびれが出現し,前医を受診した。第4腰椎変性すべり症の診断を受けたが,症状は約2年で自然軽快した。当科受診の2年前から両膝以下のしびれが出現した。前医を受診したが,明確な治療方針の提示がなかったため,当科での治療を希望して紹介となった。
初診時内服薬:メコバラミン,レバミピド,バルサルタン,シンバスタチン
現 症:安静時にNRS 5の両膝以下のしびれがあった。姿勢要素があり,座位でしびれが軽減した。10分の立位継続で殿部から下肢,下腹部に冷感を自覚するという症状があった。支持なし歩行が可能であったが,立位可能時間は5分と短時間であった。神経学的所見では,安静時の両下肢筋力と深部反射は正常であった。歩行負荷試験では,両足底のしびれが増強し,負荷後にアキレス腱反射の消失を認めた。両足部末梢拍動は良好であった。残尿測定では,残尿は認められなかった。夫との2人暮らしで,家事は自立していたが,外出には消極的で買い物は必要最小限にしていた。腰椎単純X線像では,L4変性すべりが認められたが,機能撮影での不安定性は認めなかった。腰椎MRIでは,L4/5高位で脊柱管狭窄が認められた。RDQは,13/24点と高値であった。精神医学的評価では,BS-POP治療者用13/24,患者用20/30といずれも高値であった。また,MMPIでは,妥当性尺度は正常範囲内で,臨床尺度は第1,2,3尺度が高値であった。すなわち,抑うつ尺度と心気症尺度が高値であり,精神医学的問題の存在が考えられた。
 以上の所見から,第4腰椎変性すべりによる馬尾型間欠跛行,抑うつ状態と診断した。精神医学的問題が症状に関与している可能性があることを本人と家族に説明し,精神科に紹介した。心気的,強迫的な性格傾向を指摘されたが,整形外科での治療を優先して行うことを勧められた。
治療と経過:馬尾障害があり,症状の悪化を抑止するための手術が選択肢の1つであること,手術を行っても,しびれなど症状が残存する可能性が高いこと,特に,精神医学的問題が術後の症状に影響する可能性があることについて十分に説明したうえでなお,本人と家族が希望したことから,手術(L4/5高位の選択的除圧術)を施行した。術後,腰痛の改善と立位可能時間の延長を認めたが,殿部の強い下垂感,会陰部の嫌悪感,腹部膨満感,易疲労感,そして不安感が出現した。また,両足部しびれと両下肢冷感の増強を認めた。術後の神経学的所見は術前と変化はなく,腰椎単純X線像でも,L4すべりの増強や不安定性の出現は認めなかった。腰椎MRIでは,L4/5高位の除圧は良好であった。胸椎MRI,骨盤MRI,下肢末梢神経伝導速度に異常は認めなかった。術後の精神医学的評価でもBS-POP治療者用は13/24,患者用は21/30,MMPIの臨床尺度では第1,2,3尺度で高値であり,術前とほぼ同様の結果であった。再度,精神科に紹介し,身体表現性障害,強迫性人格障害の診断のもと,薬物療法と認知行動療法が開始された。しかし,本人,夫ともに精神医学的問題の関与についての理解が十分でなく,精神科での治療に対する効果については懐疑的な考えであった。そして,精神科での治療を積極的に受け入れる姿勢は認められなかった。患者背景として,同居している夫が家事を全くやらないことに対する不満が明らかとなった。現在,残存症状と悪化した症状に対して薬物療法を継続している。

考察

1.精神医学的問題を有する馬尾障害例での手術時期の決定
 腰部脊柱管狭窄は自覚症状と他覚所見から3群に大別される4。すなわち,下肢や会陰部のしびれや異常感覚を主症状として多根性障害を呈する馬尾型,下肢の疼痛を主症状として単根性障害を呈する神経根型,そして両者の合併した混合型である。このうち,馬尾型と馬尾障害を合併する混合型では,症状が進行性で不可逆性の変化に至る可能性があることから手術が適応になることが多い。特に,腰部脊柱管狭窄の約50%に認められる尿排出障害や約20%に認められる蓄尿障害の存在に留意しなければならない5,6。その一方で,精神医学的問題を有する症例の手術成績は不良であることが報告されており7,手術適応については慎重に検討する必要がある。治療者としては可能な限り手術を回避したいと考える一方で,馬尾障害が不可逆性変化に至る前に,手術を考えなければならないという選択に迫られる。

2.精神医学的問題に対する理解度の重要性
 症例1は本人,家族ともに精神医学的問題の関与について理解しており,時間の経過とともに治療者との信頼関係が構築され,治療者が提示する治療を抵抗なく受け入れる姿勢が形成されていた。すなわち,信頼関係が形成された時点で,手術に踏み切るという選択ができたと思われる。精神医学的問題を有する症例でも,馬尾障害を有する場合には,信頼関係の構築に努め,いたずらに経過観察を続けるのではなく,神経因性膀胱など非可逆性変化が進行する前に手術を勧めるのが良いと思われる。
 症例2は,馬尾障害を有しており,手術適応ではあったが,本人,家族とも精神医学的問題の関与については,懐疑的であった。治療者との信頼関係が十分築かれていたかどうかは疑問である。残尿測定で残尿は認められなかったことから,薬物療法やブロック療法8などの保存的治療を勧めることも可能であった。そして,保存的治療を行っている間に信頼関係の構築や患者背景の把握に努めるべきであったと考える。ただし,馬尾障害を有する場合には,神経因性膀胱の定期的なモニタリングを行う必要がある。

3.家族の支援体制の重要性
 いずれの症例も夫と2人暮らしであったが,症例1では,長女の支援が大きく,日常生活や通院に際して全面的なサポートがあった。術後の残存症状は強いものの,旅行が可能になるまで活動範囲は拡大している。一方,症例2では,夫の疾患に対する理解や精神医学的問題の関与への理解が乏しく,手術によって症状がすべて改善するという手術への期待が大きかった。そして,夫が家事に参加しないという本人の不満については,夫は理解しておらず,本人の症状が強い場合でも,家事を支援する姿勢はみられなかった。手術後も外出への抵抗感が強く,活動範囲の改善はみられない。すなわち,2症例の間には,家族の支援体制の違いがあり,精神医学的問題を有する症例に対して手術を選択する場合には,家族の支援を含めた治療体制をつくることが重要である。

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