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Lecture レクチャー

日本における筋骨格系の慢性疼痛に関する疫学調査―海外との比較も含めて―

中村雅也西脇祐司牛田享宏戸山芳昭

Locomotive Pain Frontier Vol.1 No.1, 14-17, 2012

わが国における筋骨格系の慢性疼痛の実態と問題点を明らかにするために疫学調査を施行した。その結果,筋骨格系の慢性疼痛は長期の治療にもかかわらず,その改善は必ずしも得られず,患者自身の身体及び精神的健康,さらには社会生活に悪影響を与え, 日常生活において介助を要する機会が増加するために周囲に与える影響も少なくない実態が明らかになった。筋骨格系の慢性疼痛に対する治療法と治療体系の早急な見直しが必要である。

Key words: Epidemiology(疫学),chronic pain(慢性疼痛),musculo-skeletal system(筋骨格系)

はじめに

 わが国の国民が現在どのような症状に苦しんでいるかを示すデータとして,国民生活基礎調査がある。これによると,頻度の高い自覚症状として腰痛,肩こり,関節痛,頭痛といった痛みの症状が上位を占めている1。しかし,これら慢性的な疼痛の問題は,致死的でない,各科にまたがる領域である,実態がよくわからない等々の理由により,個別の行政施策があまり行われなかった領域であった。しかし,1998~1999年に行われた全米調査によると,程度の高い慢性疼痛に悩む患者が成人人口の9%を上回ること,無効な治療やドクターショッピングなどにより医療資源が浪費されていること,疼痛のための就労困難などによる社会的損失が年間650億ドルに上ることなどが明らかになり,この慢性疼痛が医学,公衆衛生学的問題としてクローズアップされるに至った2
 しかし,わが国においては慢性疼痛の対策を立案するにあたり,その基礎的情報すら不足しているのが現状であった。一方,欧米各国では全国レベルの疫学調査がすでに実施され,対象とする集団や使用した質問票の相違,慢性疼痛の基準の違いなどによりばらつきはあるものの,慢性疼痛の有症率は23~35%と報告されている3-5
 また近年では,アジアでも香港,シンガポールで調査が実施され,有症率は9~11%とかなり欧米と比較して低い結果であった6-7。これに対し,日本では服部らが疫学調査を行い,慢性疼痛の有症率は13.4%と報告した8。しかし,この調査はインターネット調査であり,慢性疼痛有症者や60歳代以降の年代の者にとっては,インターネットのハードルは低くないと予想され,アクセスできる者が限定されるという点に注意が必要である。さらに,この調査における慢性疼痛には頭痛,生理痛,顔面神経痛,帯状疱疹後神経痛なども含まれており,筋骨格系における慢性疼痛の実態の詳細な検討はされていない。そこで筋骨格系の慢性疼痛に焦点をあて,その対策立案に不可欠な情報を,臨床医学,公衆衛生,行政施策の観点から浮き彫りにするために,バイアスの除去に極力配慮したデザインにより,全国ランダム抽出サンプルに対する疫学調査を実施した9。サンプリングは,住所台帳に基づく無作為抽出サンプルを基盤とし,性,年齢分布が国勢調査の分布に近くなるように配慮した。1万超のサンプルを得るために回答率を55%と推定して,19,198名の対象者に調査票を郵送し,有効回答数は11,507名(女性6,365名,男性5,142名)で,回収率は59.9%であった。質問票の内容は,基礎情報(性別,年齢,在住地,職業など),筋骨格系の慢性疼痛の実態に関する設問(疼痛の程度・部位・期間,治療の有無,治療を受けた機関,治療内容,治療期間,費用,治療効果,満足度),日常生活・QOLに関する設問(Katz ADL scale, Lawton instrumental ADL scale, SF-36),社会的損失に関する質問(休業,転職,退職その他)とした。

筋骨格系の慢性疼痛の実態と背景因子

 「これまでに,頚(くび)の痛み・肩こり・腰痛・手足の痛みなど,骨や筋肉,関節・神経に起因すると思われる痛みを経験したことがありますか」という質問に対して,「ある」と回答したものは86%(9,891人)であった。これらの中で慢性疼痛を,①現在から1ヵ月以内に症状が存在し,②持続期間が6ヵ月以上で,③visual analog scale(VAS)が5以上と定義すると,有症率は15.4%(1,770人)であった(図1)9

慢性疼痛有症者の背景因子として,性別は女性の有症率が高く(男性13.6% vs 女性16.8%),服部らと同様の結果となった。年代別の有症率は服部らの報告では,50歳以上の中高齢層で有症率は高く,30~40歳代,30歳未満と順に低下していたが,今回の検討では,30~50歳代のいわゆる就労年齢層で17~19%と他の年齢層より有意に高いことがわかった。この結果は大都市圏が郡部よりも有症率が高いこと,職種でも専門職,事務・技術,パート・アルバイト,労務・技能で高く,無職,農林水産業で低かった結果と一致していた。これらの相違の要因としては,全身を含む慢性疼痛と筋骨格系の慢性疼痛の違いによるものが考えられるが,疼痛部位は両調査とも上位は,腰,頚,肩,膝と一致していたことから,前述したサンプリングの違いによる可能性が高いと考えられる。

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