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座談会(Round Table Discussion)

運動器慢性疼痛の診療―現状をめぐる話題―

矢吹省司中村雅也牛田享宏山口重樹西田圭一郎

Locomotive Pain Frontier Vol.1 No.1, 5-13, 2012

超高齢社会となったわが国では高齢者における医療および福祉が大きな問題となっており,なかでも要介護の約5人に1人は運動器障害による歩行困難が原因とされている。この背景には変形性関節症,変形性脊椎症,骨粗鬆症などの患者の増加があり,これらの疾患に起因する運動機能不全あるいは運動器慢性疼痛によりADLやQOLの低下をきたしている。運動器慢性疼痛の診断・治療については,現在,薬物療法,手術療法に加えて心理療法,運動療法など多面的なアプローチが検討されている。そこで今回はわが国における運動器慢性疼痛に焦点を当て,筋骨格系の慢性疼痛患者の実態,運動器慢性疼痛における痛みの診断,および治療の現状と問題点について座談会を行った。
(2011年7月24日収録)

出席者(発言順/敬称略)
矢吹 省司 Shoji Yabuki(司会)
福島県立医科大学医学部整形外科学講座 教授

中村 雅也 Masaya Nakamura
慶應義塾大学医学部整形外科 専任講師

牛田 享宏 Takahiro Ushida
愛知医科大学医学部学際的痛みセンター 教授

山口 重樹 Shigeki Yamaguchi
獨協医科大学麻酔科学講座 准教授

西田圭一郎 Keiichiro Nishida
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科人体構成学 准教授

運動器慢性疼痛患者の実態

矢吹 WHOは2000~2010年の10年間を「The Bone and Joint Decade」として運動器疾患の予防と治療に関する研究・啓発に取り組むことを決め,わが国も「運動器の10年」としてさまざまな活動を行ってきました。特に超高齢社会となったわが国では変形性関節症や変形性脊椎症あるいは骨粗鬆症などの患者さんが増えており,これらの疾患に起因する痛みや歩行機能低下あるいは転倒・骨折などにより多くの国民のQOL低下を招いています。このような状況下で,日本政府は「健康フロンティア戦略」として運動器を見直す動きを活発化させ,2007年には内容をさらに発展させた「新健康フロンティア戦略」を策定して国民の健康寿命を延ばすことを目指しています。日本整形外科学会としても運動機能の大切さを国民に広く理解してもらうため,2007年から「ロコモティブシンドローム」という概念を提唱しています。『Locomotive Pain Frontier』創刊号では「運動器慢性疼痛の診療 ―現状をめぐる話題―」と題して座談会を行いたいと思います。最初に,わが国における運動器慢性疼痛の現状について,中村先生に解説をお願いします。
中村 2010年に「筋骨格系の慢性疼痛に係わる調査研究」(厚生労働省)として,運動器慢性疼痛に関する疫学的エビデンスの収集・整理および解析が行われました。対象は,性,年齢,地域を日本全国の人口構成に合わせて無作為抽出した18歳以上の男女11,507名であり,設問形式による記述疫学的視点から解析した結果は以下のとおりです。
 まず,今までに頚の痛み・肩こり・腰痛・手足の痛みなど,骨や筋肉,関節・神経に起因すると思われる痛みを経験した率は86%でしたが,慢性疼痛の定義を「現在から1ヵ月以内に疼痛出現/6ヵ月以上の疼痛持続期間/痛みの程度(VAS)が5mm以上」とした場合,筋骨格系慢性疼痛の発生頻度は15.4%でした1。その内訳は,女性が16.8%で男性の13.6%より多く,年齢分布は30~50歳代が他の年齢層よりも高く,地域別には19大都市の方が郡部や人口の少ない都市よりも高く,また,職業別には農林漁業などの一次産業従事者よりも専門職や事務職・技術職の方が高頻度でした。つまり,運動器の慢性疼痛は,郡部よりも大都市圏にいて専門職・事務職などのデスクワークに携わっている就労年齢の方々に多いという実態が明らかにされました1
牛田 これまで厚生労働省が行った職業性疾病に関する調査では,腰痛の頻度が非常に高いことが明らかになっており,仕事と痛みの関係は非常に強いということは判ってきています。一方で,65歳以上の方々に限って言うと,今回のデータと違って市内の方が山間部よりも発生頻度が少ないという結果が高知医科大学の調査2で出ていますが,これはどういうことなのでしょうか?
中村 おそらく,対象を腰痛に限られたからではないでしょうか。慢性疼痛には頻度の高い頚や肩あるいは膝とその周辺なども含まれますので,統計的には少し違いが出てくると思われます。本調査でも,慢性疼痛の発生部位を複数回答で質問したところ,腰の頻度が約65%,頚および肩がそれぞれ約55%,膝とその周囲および背中もそれぞれ約25%の頻度でみられ,最も痛みの持続期間が長い部位についても単一回答で同様の傾向がみられました。また,慢性疼痛の原因として明らかにされた診断名も,四十・五十肩および肩こり,腰痛症,坐骨神経痛,腰部椎間板障害,変形性関節症(膝関節)などが高頻度となっています1
矢吹 学際的に痛みに取り組んでおられる牛田先生は,この発生部位について何かご意見はありませんか?
牛田 「日本における慢性疼痛を保有する患者に関する大規模調査」3では,慢性痛の原因・部位として腰痛が最も多く,頭痛・片頭痛が2番目でした。厚生労働省が行っている国民生活基礎調査でも同じような結果が出ていて,やはり筋骨格系,特に背椎系の痛みの頻度が高いようです。
中村 興味深いことは,その治療機関です。そもそも,筋骨格系の慢性疼痛に罹患して治療機関を受診しているのは約45%で,残りの55%の人は受診していません。受診する治療機関としては,病院・診療所が19%,民間療法が20%,医療機関+民間療法が3%で,その治療期間は1年以上が約70%,3ヵ月以上が10数%と長期化しています。
 治療法としては投薬22%,理学療法16%,神経ブロック療法3%,装具療法5%,手術3%と医療機関が約50%を占める一方で,マッサージ31%,鍼灸9%など40%が民間療法で占められています。また,これらの治療にかかる費用(月額,自己負担額)としては,3,000~4,000円および5,000~6,000円とともに10,000~15,000円にもピークがあり,これらが自己負担の金額であることや患者さんの治療期間が長期であることを考えると,膨大な医療費が費やされていることがわかります1
山口 民間療法としては整骨院や鍼灸院などを頼りとしており,治療費用が10,000~15,000円にピークがあるのは,3割負担の医療費ではなく,全額負担の民間療法を月に2~3回受診する費用が加味されているとも考えられます。
中村 これらの治療による痛みについては,改善12%,やや改善56%,不変21%,悪化およびやや悪化1.9%でしたが,治療の満足度は,非常に満足およびやや満足が36%に対して,どちらともいえない34%,やや不満14%,非常に不満が4%であり,その結果半数以上の患者さんが治療機関を変更していました1。つまり,現行治療に満足できずドクターショッピングの様相を呈しているのが現状です。
 慢性疼痛による仕事への影響については,何も影響はないと答えた率が90%でしたが,失業・退学や休職・休学あるいは転職や仕事内容の変更を余儀なくされるなど基本ADLが障害されるケースもあり,また介護を必要とする割合が高い実態も明らかとなりました。さらに,健康関連QOLを測定するSF-36の各スコアを慢性疼痛の有無で比較したところ,慢性疼痛が身体面だけに限らず精神面にも影響を及ぼしていることが明らかになりました。
西田 患者さんが医療機関から民間療法へ移行した理由のさらなる詳細などについてはいかがでしょうか?
中村 2011年度に行われた2次調査により,疼痛が慢性化する背景,治療機関変更の回数・理由の詳細などが深掘り調査でわかってくると思います。私が関心をもっているのは,治療機関として病院や診療所を選んだ患者さんがその後どうなったかという点と,もう1点は当初から治療機関を受診しない55%の人たちです。いわゆる患者化していない人たちは,他に頼るものがあるのか,それともなんとか折り合いをつけて社会生活あるいは日常生活を送っているのか,その詳細も解明する必要があると考えています。

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