バソプレシンと受容体拮抗薬の臨床応用
SIADHの最近の話題
The hot topics of SIADH
Fluid Management Renaissance Vol.1 No.2, 34-42, 2011
Summary
低Na血症の原因の1つに,抗利尿ホルモン分泌異常症候群(SIADH)が挙げられる。治療法としては,水分摂取量の制限が第一選択であるが,近年バソプレシン(AVP)V2受容体拮抗薬が低Na血症を伴ったうっ血性心不全やSIADHに対する治療薬として注目されている。
また,SIADH類似疾患群としてAVP V2受容体の遺伝子異常によりSIADH様症状を呈する腎性水利尿不全症候群(NSIAD)が報告された。
低Na血症の鑑別にはAVP測定は必須であるが,正確な測定は難しい。近年,AVP前駆体の構成成分であるコペプチンがAVPに比べ迅速に測定でき安定性があることから,さまざまな分野でAVPの代用として測定され,有用性が報告されている。
しかし,AVP V2受容体拮抗薬やコペプチンはSIADHの治療や検査法としての有用性に問題点が多くみられる。また,NSIADは不明な点も多く,今後の症例の蓄積や研究の進展が必要である。
Key words
■SIADH ■AVP ■AVP V2受容体拮抗薬 ■NSIAD ■コペプチン
はじめに
低Na血症は日常診療では高頻度で遭遇する電解質異常で1),入院期間の延長2)や死亡率の上昇にも寄与することから3),適切な病態把握,診断,治療が必要である。
本稿では,低Na血症の原因の1つである抗利尿ホルモン分泌異常症候群(syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone;SIADH)について,概論は既報の内容を参照していただき4)5),最近のホットな話題を中心に述べたい。
最初の話題は,SIADHの治療方法である。第一選択は水分摂取量の制限で,病態からは理にかなった方法であるが,外来中のSIADH患者に対する実践は難しい。最近,本特集のテーマであるバソプレシン(arginine vasopressin;AVP)受容体拮抗薬が開発され,実用化されつつある。次に,SIADHの類似疾患である。SIADHの原因としては,1957年のSchwartzら6)による報告以後多くの報告があるが,類似の病態を呈する多数の疾患の解明も進んできた。そのなかで特に興味深いのは,腎性水利尿不全症候群(nephrogenic syndrome of inappropriate antidiuresis;NSIAD)7)と称される腎におけるAVP V2受容体の遺伝子異常によるSIADHである。最初の報告以来,多くの遺伝子異常が同定されているが,問題はこの治療法である。3番目は,SIADHの診断基準から除外される心不全や肝不全時などの体液貯留型の低Na血症の治療法である。低Na血症は非浸透圧刺激によるAVPの過剰分泌が原因であることから,AVP受容体拮抗薬の使用が注目されている。そして最後に,コペプチンである。SIADHの確定診断には血中AVP測定が必須であるが,血中AVP測定は難しく容易ではない。最近,AVP前駆体の構成成分であるコペプチンの利用が有益であることが報告された。わが国ではまだ馴染みは薄いが,AVPよりは分子量が大きく,より簡便に使用できるという利点がある。
SIADHのAVP受容体拮抗薬による治療方法
SIADHの概念が提唱された後,まもなく1960年代にペプチド性AVP受容体拮抗薬が開発されたが,ペプチドであることから経口投与が難しく,長期使用でヒトではAVPのアゴニスト作用を示してしまう8)9)という致命的な欠点があり,治療薬になりえなかった。近年になり非ペプチド性AVP受容体拮抗薬が開発され,日本ではモザバプタン,米国ではconivaptan(日本未承認)・トルバプタン,欧州ではトルバプタンがSIADHや類似の低Na血症に対して承認され使用されている。モザバプタン,トルバプタンは経口薬であり,どちらもわが国の製薬会社で開発,販売されている。モザバプタンはSIADHに対して10)11),トルバプタンはうっ血性心不全やSIADHを含む低Na血症に対して有効性が認められ,臨床研究12)-15)が行われている。
わが国では異所性抗利尿ホルモン(antidiuretic hormone;ADH)産生腫瘍によるSIADHに対してのみモザバプタンの使用が承認されているが,その継続使用可能期間は7日間である。原因疾患にもよるが,SIADHおよび類似の疾患は罹病期間が長期にわたることが多々あり16),使用期間には問題がある。また,低Na血症の治療にあたり血清Na濃度が急速に上昇しすぎると重篤な脱髄疾患である橋中心髄鞘崩壊症(central pontine myelinolysis;CPM)を発症する危険性もあるが,AVP受容体拮抗薬の治療での検討は少なく,特に急速に進行する低Na血症や血清Na濃度が115mmol/L以下といった程度の強い低Na血症への使用においては今後の検討が待たれる。
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。