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Think about Pain

痛みとプラセボ効果 第1回 プラセボとは偽薬?

赤居正美

Practice of Pain Management Vol.3 No.3, 38-40, 2012

はじめに
 本稿は「痛みとプラセボ効果」というテーマで4回の連載予定である.第1回ではプラセボおよびプラセボ効果という言葉について考えてみたいと思う.

1 プラセボの語源

 プラセボという医学用語は,これまで多くは「偽薬」と訳されてきた.粉ミルクやブドウ糖も「痛み止め」などと称して与えると,それなりの効果があるということは,一般の人々のあいだにも浸透している.
 示唆的なことに,この「偽」薬という用語は語源的にみても,ある「誤」訳から始まっているとされる.placeboはラテン語の動詞placere(気に入る)の第一人称・単数形・未来直説法・能動態である1).聖ジェロームがヘブライ語の詩編第116第9節先頭のethalekhという言葉を訳す際に,「私は神の御前を歩く」とするべきところを,かわりに「生ける者の此の地で神を喜ばす“Placebo Domino in regione vivorum”」としたのに由来する.
 この言葉は13世紀の英語にとり入れられたが,徐々に宗教的な意味を失い,言外に揶揄皮肉のニュアンスが加わって,「ごますり,追従者」との意味で使われるようになった1).こうした状況下に,現在医学で使用されているプラセボという言葉が誕生したのである.患者の治癒をはかるというより,もっぱら患者を喜ばすのみという意味合いである.

2 プラセボの意味

 プラセボという言葉をごくごく限定的に使用し,薬理的に不活性な物質として捉えれば「偽の薬」であろう.医療行為における心理的要素の介在を示す代表的な事例として用いられるのである.述べてきた語意の変遷からみるごとく,言葉のもつ印象はどちらかというと望ましくない夾雑物,排除すべきものである.しかし,プラセボ使用後に生じる反応すべてを含むように,プラセボの意味をより幅広く捉えると,話はそう簡単ではなくなってくる.現在はこうした使用法も多いのであるが,薬理作用はあっても該当する比較試験の検討項目とは異なる場合や,薬剤のみならず治療手段も広く含む場合などが該当しよう.こうした医療介入行為に続発する「プラセボ効果」には,代表的な臨床比較試験である二重盲検試験で可及的速やかに排除しようとしている各種バイアスが多く含まれると考えてよい.

3 治療にみるプラセボ効果

 以前,プラセボはあらゆる薬品,あらゆる治療行為に数十パーセントの割合で必ず有効性を発揮するとされていた.Henry BeecherはJAMAの有名な論文で,その有効率を35%とし,「Powerful Placebo」と述べた2).この表現はShapiro夫妻の書籍の題名ともなった1).ただし,この数字には当時まだ十分な理解がなかった臨床試験にかかわる各種交絡因子の混在があったようだ.
 現時点では,ランダム化比較試験におけるプラセボ対照群のもつ内容には
 ①疾患の自然経過
 ②症状の変動
 ③平均値への回帰
 ④患者からの情報収集時のバイアス
などが混在していると考えられている3)(図1).

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