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Trend & Topics 痛みを科学する―遺伝子―

遺伝子多型が疼痛治療におけるオピオイド必要量に及ぼす影響―μ-オピオイド受容体遺伝子のA118G多型を中心として

林田眞和福田謙一西澤大輔池田和隆

Practice of Pain Management Vol.3 No.3, 28-31, 2012

オピオイド必要量の個人差
 オピオイドによる疼痛治療においては,オピオイドの必要量の個人差が甚だしい.オピオイド必要量の差には,個々人の感じている痛みの種類や強さの差もさることながら,個々人のオピオイド鎮痛効果に対する感受性の差も大きく関与する1).
 患者が感じる痛みの強さの差を,急性痛の代表である術後痛を例にとって説明すると,術後痛は,体性浅部痛のかかわる体表面の手術後は軽く,通常非ステロイド性抗炎症薬でよく鎮痛される.しかし,体性深部痛のかかわる骨・関節の手術後の術後痛はかなり強い.さらに,体性痛と内臓痛のかかわる開腹手術後の術後痛は最も強く,通常,十分な鎮痛にはオピオイドの投与を要する.
 オピオイド感受性の個人差を,再び術後痛を例に説明すると,同一術式の腹部手術後でも,術後のオピオイドの必要量や,持続硬膜外オピオイドの効果は,個人差が甚だしい.静脈内投与されたオピオイドが鎮痛効果を発揮するには,オピオイドの血中濃度が最低有効鎮痛濃度(minimum effective analgesic concentration;MEAC)を上回る必要があるが,同一手術後でもMEACには,個人間で数倍の差がある1).疼痛感受性やオピオイド感受性の個人差には,年齢,性別,人種,肝・腎機能障害,不安など,各種の要素が影響する1).これら以外に,遺伝的素因がオピオイド感受性に影響を与えることが判明してきた.なかでも,モルヒネやフェンタニルなどのオピオイドの主要な標的分子である,ヒトのμ-オピオイド(MOP)受容体の遺伝子(OPRM1)上のA118G多型が,オピオイド鎮痛効果に与える影響について最も研究が進んでいる.

OPRM1のA118G多型―分子生物学的影響

 現在,OPRM1には,100カ所以上の多型が同定されている1).A118Gは,OPRM1のエクソン1上に存在する第118位の塩基が,アデニン(A)からグアニン(G)に置換された多型である.このA118Gによって,ヒトMOP受容体蛋白質の,N-末端細胞外ドメインの第40位アミノ酸がアスパラギンからアスパラギン酸へ置換される(Asn40Asp).このアスパラギン残基は,MOP受容体蛋白の糖鎖付加部位と想定されている5カ所のうちのひとつであり,A118G多型によりMOP受容体蛋白の糖鎖付加が変化すると考えられている.
 A118G多型の結果として,

 ①オピオイドのMOP受容体結合の特性が変化する

 ②OPRM1のメッセンジャーRNA発現レベルとMOP受容体蛋白質発現レベルが変化する

 ③オピオイドによって活性化されたMOP受容体の細胞内信号伝達経路としてのイオンチャネル,すなわちGIRK(G-蛋白質共役型内向き整流性カリウム)チャネルやカルシウムチャネルの活性化のレベルが変化する

といった3様の変化が生じる可能性が指摘されている2).これらの変化に関しては,研究間で結果の相違がみられ,いまだに議論があるものの,AがGに置換したGアレルの保有者では,上記①~③のいずれかの機序によって,オピオイド感受性に変化が生じる可能性が指摘されている.

A118G多型の頻度の人種差

 A118G多型における野生型アレル(wild alleleまたはmajor allele)はAであり,変異型アレル(mutant alleleまたはminor allele)はGである.ヒトは,各人一対の常染色体を有しているので,A118G多型に関しては,個々人でAAホモ接合体(major homozygote),AGへテロ接合体(heterozygote),GGホモ接合体(minor homozygote)のいずれかを保有していることになる.欧米人でのA118GのGアレル出現頻度は5~15%と低い一方,アジア人でのGアレル出現率は,35~47%と高い1).たとえば,99人のノルウェー人のがん性疼痛患者において,AA保有者は78人(78.8%),AG保有者は17人(17.2%),GG保有者は4人(4.0%)であり,Gアレル出現頻度は12.6%であった3).一方,138人の外科開腹術を受けた日本人患者においては,AA保有者は41人(29.7%),AG保有者は70人(50.7%),GG保有者は27人(19.6%)で,Gアレル出現頻度は44.9%であり4),同様に,280人の下顎骨切り術を受けた日本人患者においては,AA保有者は86人(30.7%),AG保有者は143人(51.1%),GG保有者は51人(18.2%)で,Gアレル出現頻度は43.8%であった5).Gアレル出現率の高さから,A118G多型の影響は,欧米人よりも日本人などアジア人においてより検出しやすい可能性が考えられる.

がん性疼痛治療におけるA118G多型の影響

 99人のノルウェー人のがん性疼痛患者において,GG保有者では,AGないしAAの保有者よりもモルヒネ必要量が多かった3).また,米国人のがん性疼痛患者207人において,GGの保有者では,AAの患者に比べ,モルヒネの必要量が多かった6).ただし,OPRM1のA118G多型ががん性疼痛患者におけるオピオイド必要量に影響しないという報告もみられる7).がん性疼痛の原因や進行度の多様性が,報告結果の相違の一因となっている可能性がある1).

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