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Trend & Topics 痛みを科学する―遺伝子―

慢性疼痛のエピジェネティクス―痛みによる細胞記憶

成田年伊達明利池上大悟

Practice of Pain Management Vol.3 No.3, 18-26, 2012

Summary
 痛みという感覚は,組織損傷を避けるための生体警告反応として,なくてはならないものである.しかしながら,急性疼痛が外傷や疾患によりもたらされるのに対し,慢性疼痛は実質的な組織損傷が消失あるいは修復に向かっていても痛覚伝達系が持続的に活性化され,生体にとって痛みを提供するだけの病態像そのものになってしまうことが多い.さらに,痛みが慢性化すると,末梢神経・脊髄だけでなく脳にも可塑的な変化を起こし,抑うつや不安障害,さらには睡眠障害をも引き起こし,QOLを低下させる.こうした状態のきっかけは,損傷などのような後生的な負荷/修飾が起源となることが多いため,翻訳時や翻訳後修飾などに異常をきたすことが主因であると推定される.これまでの疼痛研究の多くは,特定分子を標的としたエンドポイント解析が主流であり,その分子が修飾を受ける経路やその分子の時間的変動の推移について詳細に検討されたり,その推移の理論的なメカニズムが議論されることはほとんどなかった.痛みの慢性化のメカニズムには,脊髄や脳内における可塑的変化(中枢感作)が関与していることが想定されていることから,エピジェネティクス修飾による細胞記憶が慢性疼痛の発現に寄与する可能性はきわめて高いと考えられる.そこで本稿では,最新の研究成果をもとに,転写調節,エピジェネティクス機構,miRNA調節など,多角的な方面からのアプローチを用いた,新しいコンセプトでの痛みの統合的理解の重要性について紹介する.こうした理解は,慢性疼痛の本質を理解するための大きな手がかりをみつけ出すきっかけとなるだけでなく,根本的・早期治療方針を提示していくうえで非常に重要な意味をもつと思われる.

KEY WORD
神経障害性疼痛,ケモカイン,エピジェネティクス,miRNA

はじめに

 痛み感覚は生体に対する危害を「感受」し,生体を「防御」する反応である.急性的な痛み反応は,危害から生体を防御するシグナルであり,「生体防御」に関与する重要なバイタルサインである.しかしながら,「難治性の慢性疼痛様症状」では,その病変部位が治癒している(あるいは修復に向かっている)にもかかわらず,断続的に疼痛が認められる状態を示すことから,末梢ならびに中枢神経の各所で不可逆的な機能変化が生じているものと考えられている.
 一方,エピジェネティクスは,ゲノムに書かれた遺伝情報が変更されることなく,遺伝子発現を長期的に調節する機構であり,“エピジェネティクス”異常はさまざまな疾患の原因となると推定される.痛みの慢性化のメカニズムには,脊髄後角における知覚入力の長期増強(脊髄内感作)や脳内における可塑的変化(脳内感作)が関与していることが想定されていることから,エピジェネティクス修飾による細胞の形質変化(細胞記憶)が慢性疼痛の発現に寄与する可能性はきわめて高いと考えられる.そこで本稿では,末梢神経障害から慢性疼痛への移行メカニズム,慢性疼痛刺激による情動障害の発現ならびに脳高次機能変化の発現メカニズムについて概説したうえで,痛みの統合的理解を深めるために,中枢性エピジェネティクス修飾の関与について言及する.

疼痛伝達機構に関与するサイトカイン・ケモカイン

 疼痛の脊髄内伝達機構は,グルタミン酸に代表される興奮性アミノ酸あるいはCGRPおよびSPのような神経ペプチドなどの過剰遊離と,それぞれの標的受容体刺激によって説明されてきた.一方で,インターロイキン-1β(IL-1β)およびインターロイキン-6(IL-6)に代表される炎症性サイトカインが疼痛発現に深く関与している可能性が示唆されている1).これまでの研究により,IL-6は多くの炎症性疾患に関与していることが明らかにされており,臨床においても関節リウマチに対してモノクローナルIL-6受容体抗体(トシリズマブ)が使用されている.しかしながら,中枢神経系におけるIL-6 familyサイトカインの生理作用については不明な点が多いのが現状である.これまでに筆者らは,慢性疼痛時の脊髄におけるIL-6 familyサイトカインの役割に着目し,研究を行ってきた.IL-6は,受容体に結合することによってgp130同士のホモ2量体化が起こり,それにともないあらかじめ会合していたJAKが活性化されると考えられている2).神経障害性疼痛発現におけるIL-6の役割について検討したところ,坐骨神経結紮群は非結紮群と比較して坐骨神経結紮1週間後の脊髄後根神経節において,IL-6mRNA 発現量の著明な増加が認められた.一方,坐骨神経結紮1週間後の脊髄においては,結紮群ならびに非結紮群ともにIL-6mRNA の発現が検出されなかった.このことから,坐骨神経を結紮することにより,脊髄末端からのIL-6の遊離増加が引き起こされている可能性が推察される.実際,IL-6は脊髄後根神経節において,そのほとんどが神経内に局在している.さらに,神経障害性モデルマウスにIL-6受容体であり,IL-6のシグナル伝達に必須な分子であるgp130に対する結合阻害蛋白質(gp130/Fc)を髄腔内投与したところ,坐骨神経結紮による熱痛覚過敏反応は有意に抑制された.そこで,マウスの脊髄後角におけるgp130の局在を検討したところ,gp130は神経細胞上には全く認められなかったのに対し,その大部分はミクログリアおよびアストロサイト上にも発現が認められた.こうしたことから,坐骨神経結紮による神経障害性疼痛の発現には,脊髄後根神経節におけるIL-6mRNA 発現量の増加にともなった脊髄におけるIL-6/gp130経路の活性化を介したグリア細胞の活性化が重要な役割を果たしている可能性が示唆される.
 現在,遺伝子発現の網羅的な解析手段として,DNAマイクロアレイ技術が急激な発展を遂げている.DNAマイクロアレイはゲノムスケールですべての遺伝子の発現情報を同時に知るという,いわゆるトランスクリプトーム解析を可能にしている.筆者らはこうした技術に基づき,神経障害性疼痛時に変化する脊髄内遺伝子を網羅的に解析した.その結果,坐骨神経結紮マウスの結紮側の脊髄においては,グリア細胞依存性のサイトカインやケモカインの発現上昇が顕著であることを見出している.特筆すべき点として,いままで痛み研究の領域では全く触れられていなかったある種のケモカインである仮称MCP-Xが,発現解析に含まれる3万以上の遺伝子群のなかでほかを圧倒して発現が増大していた.この変化は定量的PCRでも確認され,さらに坐骨神経結紮から2~4週間は持続的な増加を示し,初期誘導を示すほかのどのケモカインやサイトカインの変動パターンとも異なっていた.さらに興味深いことに,こうした脊髄内のMCP-Xの過剰発現は,IL-6欠損マウスではほとんど認められなかった.このような結果から,末梢神経障害により脊髄後根神経節におけるIL-6の過剰産生が誘導され,それが神経障害部周辺への供給だけにとどまらず,中枢へ浸潤,移行することにより,不必要な神経免疫応答を惹起させ,グリア細胞活性の促進をともなった二次的な修飾を引き起こし,過剰なサイトカインやケモカインの発現上昇を引き起こすと想定された.さらに興味深かったのは,神経障害性疼痛下の脊髄内でのIL-6受容体下流シグナルの活性化は一過性であったのに対して,MCP-Xの発現上昇は長期に維持されていた事実である.こうした生体内応答の時間軸のずれは,単純なシグナルカスケードの上流・下流の関係だけでは説明できない機構が関与している可能性を強く示唆するものであった.

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