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Essay 痛みの記憶

痛覚と痛み

岩田誠

Practice of Pain Management Vol.3 No.2, 68-69, 2012

私の亡父は内科医であった. 開業していたわけではなく, 生命保険会社の医務室勤務だったが, 自宅にはよく患者が相談にやってきた. そんな患者たちに対し, 父は優しい言葉づかいで, 丁寧に接していた. しかし, こと息子の痛みの訴えに対しては極めて冷淡であった. 私が子供の頃, あっちこっちで転んだりぶつけたりして, 打ち身, 擦り傷を作った時など, うっかり痛いと言えば, 「そうか, 痛いか. そりゃ, 生きてる証拠だ」と言って, てんで相手にしてくれなかったし, 怪我をしたところはまず水で洗い, 次にオキシフルで消毒した後にヨードチンキ, すなわちヨーチンを塗られるのが常であった. いずれの処置も, 怪我をしている私にとっては, 傷口にしみわたるような痛みを強いるものである. 私は再三, ヨーチンはしみるからいやだ, 赤チン(マーキュロクローム)にしてと父に頼んだのだが, 父は「薬がしみるのは, 効いてる証拠だ」と言うだけで, 一向に私の言い分を聞いてくれない.

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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