Essay 痛みの記憶
舌咽神経痛
Practice of Pain Management Vol.2 No.4, 69, 2011
痛みで大声を上げ,のたうち回っている人と,声を噛み殺し,じっと蹲って堪えている人を見る時,どちらの痛みが強いのであろうか.恐らく,前者に目が行くであろう.
今から4年前に,87歳で他界されたM.Y.氏(男性)は,1976年頃から患者─医師の関係でお付き合いをさせていただいた.
診察室に入ってこられたM.Y.氏は,左の耳に人差し指を突っ込んだ格好で,かすれ声で痛みを訴えられた.痛みは鋭く,発作的で,咽頭部,耳の奥,舌の奥などに生じ,下顎に放散する.物を飲み込むと生じ,発作時間は数秒から十数秒で,突然の発作で,夜中に目を覚ますことがあるという.定型的な舌咽神経痛であった.
カルバマゼピンの服用と舌咽神経ブロックで対処できますと説明している最中に,突然,M.Y.氏の身体が傾き,椅子から転げ落ちそうになった.ナースと一緒にかろうじて支えることができたので大事には至らなかった.一瞬,気を失ったとのことで,強い発作の時になるということで,発病から4年の間に5,6回生じたそうである.
しかし,M.Y.氏の痛みは舌咽神経ブロックにきわめてよく反応し,寛解期間も始めのうちは半年ほどであったが,数年後からは4年ないし12年くらいとなり,失神発作もなくなった.
最初の診察で,失神発作を目の当たりにして,舌咽神経痛は三叉神経痛に比べてはるかに希少な痛みだけあって,こんなにも激烈なものなのかという印象をもった次第である.
声を上げてのたうち回る人のほうがより痛く見える.同様に,失神までするので,舌咽神経痛は三叉神経痛より激烈に見えたのではなかろうかと,最近は思っている.
舌咽神経は咽頭,扁桃,舌などに枝を出す一方,迷走神経とも連絡しているという解剖学的特徴を有しているのである(図).
記事本文はM-Review会員のみお読みいただけます。
M-Review会員にご登録いただくと、会員限定コンテンツの閲覧やメールマガジンなど様々な情報サービスをご利用いただけます。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。