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Interview & Talk 施設紹介

順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座

井関雅子

Practice of Pain Management Vol.2 No.4, 44-54, 2011

人間全体をトータルで診る麻酔科医を目指して
 私が麻酔科の医師という道を選んだきっかけは,医師としての教育を受けた際に感じた,全人的な医療の重要性でした.当時は臓器別の医療が大きなトレンドでしたが,実際に患者さんに接するなかで,どの部位にも特化せず,人間全体をトータルで診るという意味で,麻酔科そしてペインクリニックという領域に大きな魅力を感じました.実際に臨床で手術麻酔に携わってみると,手術中でも術後でも,患者さんの痛みがとれているか否かで,たとえば血圧が上がったり,脈拍が増えたり,内分泌系の物質にも変化が現れます.さらに,痛みは患者さんの心理にも影響を与え,時には落ち着きを失わせたり,不安にさせたりします.逆にいえば,痛みをコントロールすることで,患者さんに対する全人的な医療に貢献できるのではないかと考えたのです.

人間全体をトータルで診る麻酔科医を目指して(続き)

 大学を卒業後,麻酔科を選択した私は,現在当大学名誉教授で,本邦におけるペインクリニックの第一人者である宮崎東洋先生に,直接,神経ブロック治療を学ぶ機会を得ることができました.この宮崎先生との出会いが,ペインクリニック専門医となる大きな転機となりました.神経ブロック治療は,麻酔科の手術麻酔の知識と技術を駆使して行う,麻酔科ならではの痛みの治療です.一方で,患者さんの痛みの訴えは多様であり,当然ながら,すべての痛みが神経ブロックの適応となるわけではありません.そのため,薬物療法が効果的な場合は,神経ブロックと薬物療法を併用する場合もあります.あるいは心理的なケアや理学療法的な介入が,痛みの軽減に高い効果を上げることも少なくありません.ひとことで痛みの治療といっても,実に幅広い治療があることを学びました.

圧倒的に多い腰椎疾患

 順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座は,設立から40年以上の歴史をもっています.当初は麻酔学講座として創立され,1964年には本邦初の集中治療室を開設しています.その後,1966年に宮崎東洋先生によりペインクリニックが開設されました.以後,何度かの変遷を経て,2003年に麻酔科学講座とペインクリニック研究室が統合され,麻酔科学・ペインクリニック講座となり,今に至っています.
 現在,稲田英一主任教授の指導のもとに順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座では,医学部附属順天堂医院をはじめ,順天堂静岡病院,順天堂浦安病院,順天堂東京江東高齢者医療センター,順天堂練馬病院などの附属病院や,各地の医療施設で麻酔・ペインクリニックやICU業務に携わっています.また,ペインクリニックで担当する患者さんのうち,最も多いのは脊椎疾患で,なかでも腰椎疾患の患者さんが圧倒的です.2010年の診療実績を例にとれば,外来の初診患者1320件のうち,700件以上が腰椎疾患の診療となっています.これは社会の高齢化が進むなか,高齢者ゆえの手術のリスクもあり,全国的に共通の傾向ではないでしょうか.また,帯状疱疹や帯状疱疹後神経痛も,ペインクリニックで診ることの多い疾患です.これらについては,傾向として急性期の患者さんが多く,他科で診療中に強い痛みが急激に出た際,タイムリーにペインクリニックに紹介していただくケースが多くみられます.
 そのほか,CRPS(complex regional pain syndrome:複合性局所疼痛症候群),三叉神経痛,頭痛やパーキンソン病にともなう疼痛,がん疼痛まで,あらゆる領域の痛みの治療に取り組んでいます.
 日々の診療では,疾患にかかわらず,長期間にわたって続く強い難治性の痛みについて,手強く感じています.パーキンソン病にともなう痛みを例にとれば,パーキンソン病の患者さんには,脊椎側弯症になるケースが多くみられます.この場合,側弯症による姿勢のゆがみや,それにともなう拘縮が痛みの原因になります.神経の圧迫が出る場合もあります.加えて,ドーパミンの分泌によって,患者さんが感じる痛みの閾値も変わってきます.こうした複合的な要因により,痛みの治療は時に非常に難しいものになります.
 シェーグレン症候群をはじめとした膠原病の患者さんでは,強い痛みがない場合でも,長期間にわたる神経障害性疼痛に近いような表現の痛みを訴える方が少なくありません.こうした痛みも,慢性疼痛の治療において難しいケースにあたります.そのほか,腕神経叢損傷(引き抜き損傷)やCRPS,脳梗塞後の痛みなど,痛みの治療に何が効くのか,現時点で医学的な決め手のない痛みも,治療に難渋する疾患です.
 また,運動器の疼痛の治療については,患部を動かしてもまったく痛みを感じないという状態にすることは難しいので,よくみられる疾患でありながら,慎重な治療が必要であるといえるでしょう.

痛みの様相が不安定に現れる混合性疼痛への理解

 痛みの考え方について,近年,侵害受容性と神経障害性の要素をあわせた疼痛として,混合性疼痛という概念が示されるようになってきました.従来,痛みは侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛,非器質性疼痛というかたちで分類されてきました.しかし,実際に診療にあたると,現実的に,この分類が適切であるかどうかは難しい点でした.そこで,痛みの機序を考えるときや,痛みを理解するために,よりわかりやすい考え方として,混合性疼痛という概念が出てきたと考えられます.
 たとえば,神経障害性疼痛の患者さん,具体的には引き抜き損傷や帯状疱疹後の痛みについては,われわれは完全に構築された神経障害性疼痛をみてとることができます.一方で,腰椎疾患や整形外科で多くみられる運動器疾患の場合,同じ患者さん,同じ疾患でも,侵害受容性疼痛の様相が強い例があるかと思えば,一転して神経障害性疼痛の様相を示すケースもみられます.また,脊柱管狭窄症は従来,侵害受容性疼痛に分類されましたが,馬尾症状が強く出ているような場合,その痛みは神経障害性疼痛とも表現できます.このように,痛みの様相が一定せず,不安定なものを混合性疼痛と捉えることができるのです.
 こうした痛みに対する新しい概念の出現は,近年,ペインクリニックに携わっている医師以外にも,多くの医師が痛みの機序を掘り下げて考えるようになったなかで,それぞれ異なる領域の医師たちが,痛みを多角的にみることができるようになった結果といえるでしょう.
 慢性疼痛の治療では,混合性疼痛という考え方を念頭において,侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の,それぞれの様相を示す不安定な疼痛があることを理解していただければと思います.つまり,ある患者さんの症状について,侵害受容性疼痛だと思っていた場合でも,その疾患のなかに神経障害性疼痛の様相が現れることがあります.あるいは逆に,神経障害性疼痛と思われた疾患に,侵害受容性疼痛の様相が現れることもあるのです.
 その点から考えれば,治療の選択においても,効果が現れる治療の正解は決して1つではないことも理解していただきたいポイントです.具体的な例を挙げれば,たとえば急性期の椎間板ヘルニアの患者さんでは,痛みの治療としてNSAIDsが広く投与されています.しかし症例によっては,帯状疱疹後神経痛など神経障害性疼痛の治療薬であるプレガバリンが効果的な場合もあります.かといって,神経障害性疼痛と思われるような症例に対して,必ずプレガバリンが効果を示すわけではありません.同じ患者,同じ疾患であっても,治療の最良の選択肢は,個々の患者さんにあわせて考える必要があります.

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