Trend & Topics 痛みとともに生きる~現場での取り組みと実践
慢性疼痛の認知行動療法とその進歩―受容と変容へのサポート
Practice of Pain Management Vol.2 No.4, 20-23, 2011
はじめに
認知行動療法(cognitive-behavior therapy;CBT)とは,元来,抑うつ,不安,恐怖などの精神医学および心理学における研究から生まれた治療法である.患者の思考や信念(認知),行動,感情を心理学的な訓練によって変化させて,それらの問題を治療する1).精神科的な問題では,抑うつや不安など否定的感情が治療対象になることが多い.しかし,感情を直接変化させるのは難しいため,認知や行動を変えることで間接的に変化させる.たとえば,抑うつの治療であれば,「自分はだめな人間だ」などの否定的認知(認知)や,一日中寝ているような不活発な生活(行動)を変えることで,間接的に抑うつ気分(感情)の改善を目指す.
はじめに(続き)
不安や抑うつに対する認知行動療法の成功例が報告されたのち,認知行動療法を慢性疼痛治療へ応用する試みがなされた.それは,感情や認知などの心理学的要因が,痛み体験に大いに影響することが多くの研究によって明らかになったためである.そこで,感情や行動などの心理学的要素をコントロールすることで,慢性疼痛を治療する試みが考案された.これが慢性疼痛の認知行動療法である.慢性疼痛の認知行動療法では,生物医学的病態生理だけではなく,患者の認知や行動,感情も痛みに影響するという痛みの認知行動モデルの視点で患者の痛みを分析し,認知や行動,感情を変化させることで痛み治療を行う1).
オペラント条件付けプログラムとストレス免疫訓練
痛みの認知行動療法において,最初に開発されたのが疼痛行動に対するオペラント条件付けプログラムである.痛みが慢性化すると痛みの訴えや痛みによって横臥すること(疼痛行動)が増えるが,疼痛行動によって患者に対する家族や医療関係者の社会的交流が増えるために,それがかえって痛みの訴えや横臥する生活を持続させ,QOLを低下させていることがある.オペラント条件付けプログラムでは漸進的に疼痛行動への周囲のかかわりを最小限度に,逆に起き上がって活動することに対するかかわりを次第に増やすことで患者の活動性を改善しQOLを高める.痛みを訴えることで周囲からの社会的かかわりを得ていたパターンを,活動することでかかわりを得るというパターンに逆転させるのである.これは主に疼痛行動という行動のコントロールを目指していたため,慢性疼痛の行動療法とも呼ばれる.
次に現れたのが,ストレスの心理学的理論を元に開発されたストレス免疫訓練である2).これが通常,慢性疼痛の認知行動療法と呼ばれている.行動療法との相違点は,認知の強調であり,そのため,「認知行動療法」と呼ばれる.痛みは患者にとってストレスの原因(ストレッサー)であるが,ストレッサーが生じさせるストレス反応は,自動的にストレッサーの強さによって規定されるものではなく,患者によるストレスの受け止め方(認知)や対処の仕方で非常に異なる.「痛みのせいで自分の生活は台無しだ」(否定的認知)と認知するか,「痛みがあってもやれることはある」と認知するかで,患者の痛みに対する適応状態は違うことが多くの心理学的研究で明らかになっている3,4).
疼痛認知のなかでもよく研究されているのが,破局化(catastrophizing,痛みに対して極端に否定的な捉え方をすること.例:痛みにいつも圧倒されている)である.破局化は痛みの強さや痛みに対する適応,不良な治療予後と相関する.さらに,破局化は否定的認知としての側面だけでなく,疼痛行動につながる不適切な疼痛対処としての側面がある.痛みを破局的に捉えている人は,同時に,周囲に対して痛みの脅威に圧倒されて無力になっていると伝えがちである.それによって周囲が患者本人への注目を強めて,疼痛行動の強化という不適切な対人交流へとつながっていく.また,痛みに対して休養をとりすぎる,不活発になるなどの受け身的な対処をとりすぎると適応は悪くなる.さらに,リラックスや幸福感,適切な休養によってもたらされる感情的な安定や肯定的な思考が痛みを減少させることも知られている.
そこで,行動や認知,感情を変化させるための技能や痛みに対処するための対処技能を患者に教育する治療法が考案された.これが痛みの認知行動療法である1,2).
マインドフルネスストレス低減法と第三世代の認知行動療法
近年,第三世代(third wave)の認知行動療法と呼ばれる一連の治療法が注目されている.従来の認知行動療法は,認知や行動,感情の修正や変化を目標にしているが,第三世代認知行動療法は変化よりも受容を治療目標とするのが大きな特徴である.患者が自分の認知,感情,行動を受容できるように教育するのである.第三世代認知行動療法とは,行動の修正を目標にする行動療法を第一世代,認知の修正を重要視する認知行動療法を第二世代として捉え,その両者を改良した新しい理論と技法を含んだ認知行動療法としての含意がある.第三世代の認知行動療法では,マインドフルネスという概念が強調される.マインドフルネスとは「今の瞬間にしていること,感じていること,そこに存在していることに,価値判断をしないで意図的に注意を向ける」という精神状態のことを指す.そのとき痛みや不安や抑うつ,怒りなど不快な感覚,感情状態にあったとしても,不快感とともにいられるという精神状態でもある.マインドフルネスが訓練によって獲得されると,患者は痛みやストレスなど不快な出来事や症状に耐え,それらを受容できるようになる.逆説的ではあるが,私たちの臨床経験によれば,痛みや不快感(抑うつや不安を含む)を受容できるようになった患者は,疼痛行動や抑うつ,不安,怒りが減少し,治療者として非常につきあいやすくなる.
マインドフルネスや受容の強調は,症状や問題の消失や改善を強調してきた従来の伝統的医学や認知行動療法とは対照的である.慢性疾患では症状の消失や改善が難しいことも多く,疾患を受け入れて生活できるようになることが望ましい.マインドフルネスと受容の観点は,変化と改善を目標とする伝統的西洋医学の発想とは相補的であり,西洋医学の限界をうまく補償する意義がある.実際に,慢性疼痛の受容は,抑うつなどの心理的障害や痛みによる生活障害などと逆相関するというエビデンスもある.
認知行動療法でのマインドフルネスと受容の強調はマインドフルネスストレス低減法(mindfulness-based stress reduction;MBSR)5)の影響が大きい.MBSRは呼吸法(自分の呼吸を観察する訓練)やボディスキャン(自分の身体を意識する訓練)によってマインドフルネスや受容を促進するのが主要目標で,慢性疼痛への介入法として開発された.元来は仏教の修行法として伝承され,マインドフルネス瞑想法と呼ばれていたが,現在は特定の宗教とは無関係な心理学的治療法であることを強調して「瞑想法」という表現をしないことが多い.
MBSRは特定の心理学的な理論をもたないため,厳密には認知行動療法の枠には入らない.マインドフルネスと受容を強調する第三世代認知行動療法としては,アクセプタンス&コミットメント・セラピー(acceptance and commitment therapy;ACT)6),文脈的認知行動療法(contextual cognitive-behavioral therapy;CCBT)7)などがある.ACTでは痛みや抑うつ,不安や怒りなどの否定的体験をコントロールせず,受容を目指す.また,痛みがあっても自分の価値に基づいた生活を積極的に行うことを奨励し,QOLを改善する.ACTの適用対象は特定の疾患や問題に限定されていないが,ACTを慢性疼痛分野に応用したものがCCBTである.
当科においては,MBSRを簡略化したマインドフルネストレーニング3,8)を,外来診療や入院診療で実施している.面接回数は短い場合で4,5回,長くても10回程度の期間,回数限定の介入である.患者には,痛みをとってしまうのでなく,悩みや痛みやストレスに耐えられるようになって,それらを受け入れられるようになる練習と説明して導入している.また,痛みやストレスを他人や先生をあてにしてなんとかしてもらうのでなく,自分で対応できるように訓練するのが重要とも説明している.他人は自分の思うようにはならず,他人に期待しすぎると結局思い通りにならなくて怒りを感じることが増えてストレスが増強すること,痛みはストレスによって増強することが多いので,それは痛みの悪化につながるかもしれないとも教示する.
トレーニングでは,MBSRと同様の呼吸法の訓練,感覚体験や感情体験の観察訓練などを行う.観察訓練とは,患者は自己の感覚体験や感情体験を客観的に観察するよう勧められる.具体的には,診察室内外から聞こえてくる物音に注意を向けて,そこで聞こえる音がどんな音であるのかに意識を向けること,食事の際に食物の味や香りをよく味わうこと,衣服を触ってみて,その感触がどんなものであるかに注意を向けることなどを行う.慢性疼痛患者であれば身体に常に痛みがあるが,その痛みに注意を向け,痛みの部位はどれくらいの広がりがあるのか,持続しているのか,強弱があるのか,重い,ずきずき,電気が走るなど,どんな性質の痛みなのかなどを観察してもらう,などを行う.さらに自分の怒りや抑うつ不安などの感情体験,「痛くて耐えられない」などの認知も観察してもらう.最終的には自己の体験すべてを毎日観察するように指導していく.自己の体験の観察ができる患者にはさらに他者観察も勧める.そうすることで人間関係についての気づきが得られることが多い.
訓練が進んでいくと,患者は感情体験に気づくようになり,ストレスや痛みへの耐性が増加する.否定的感情体験がなくなるわけではなく,むしろ,それによく気づくようになるが,そこから生じる苦痛は減っていき,精神的には安定していく.怒りやパニックに支配されていた患者の行動が急に変化するわけではないが,患者の表情のなかに冷静さや落ち着きが少しずつ表れてくるような印象である.患者は否定的な感情をよく認識できるようになるが,それに刺激されて不適切に行動することはむしろ減る.たとえば,患者は訓練の結果,他者への怒りをよく認識できるようになるのであるが,怒りを治療スタッフなどの他者に見境なく,時と場合をわきまえずに表出するような傾向はむしろ減っていく.不安が強く心気的な患者の場合,心気的な不安はなくならないが,不安をスタッフや主治医にしつこく表現して確認しようとする傾向は減る.感情を抑制しすぎる傾向の患者は,治療者が予想もしていないところで自然に自己主張するようになることがある.
慢性疼痛患者は自己の感情体験の原因について気づかないことが多く3),これを失感情症と呼ぶが,マインドフルネストレーニングの結果,自己の感情体験の原因に対する気づき(洞察)を得ることもしばしばである.たとえば,家族の対応に不満があるにもかかわらず,それに気づいていなかった患者が,家族に対する怒りを感じたときに痛みがひどくなると気づくなどである.マインドフルネストレーニングは,面接場面で感情の表現ができず(失感情傾向),通常の心理的介入が無効な症例や,他罰的で怒りのコントロールが難しい症例に有用な印象である.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。