Pain Forum
Pain Forum
Practice of Pain Management Vol.1 No.1, 55-62, 2010
過日,疼痛をテーマとした研究会「Pain Forum」が大阪で開催され,全国各地から整形外科,麻酔科など痛みに関連する診療科の医師が多数参加した.
開会の辞で真下節先生(大阪大学)は「診療科や学会の違いを越えて痛みについての考え方や取り組みを共有化する必要がある」と提言し,疼痛診療の啓発の重要性を説いた.特別講演1では米延策雄先生(大阪南医療センター)が超高齢化社会である日本の疼痛診療について概説した.特別講演2では,まず柴田政彦先生(大阪大学)より慢性疼痛に対する行政の取り組みについての紹介があり,さらに麻酔科の視点からの疼痛診療の解説があった.次に田口敏彦先生(山口大学)による整形外科の視点からの慢性疼痛治療の現状と展望についての講演が行われた.
特別講演1 今後の日本における痛みの診療
座長 越智隆弘 演者 米延策雄
高齢化社会における運動器ケアの重要性
現在,日本は超高齢社会の時代を迎えている.そこで大きな問題として挙げられるのは介護期間の長期化である.現在65歳以上の要介護者はおよそ480万人.今後さらに増加すると推測され,医療費も年々増加している.しかし,少子化傾向にある日本では,膨大な医療費や介護の負担に社会が耐えられる状態にはなく,早急な対策が求められている.
平均寿命が延びることによって運動機能が低下した状態での生活時間が長くなり,要介護期間も長期化している現在,運動器をケアしながら,健康寿命(QOLの高い生活)を維持することが医療のひとつの命題となっている.
人間の身体の自由な動きを支えているのは節構造である.かりに,脊柱に節がなく1 本の棒であれば安定はするが,全く動くことができない.一方,節が増えると動きに自由が生まれるが不安定になる.つまり,動きが自由であることと不安定であることは構造的には表裏一体なのである.人間の身体構造は不安定であるがゆえに歩行が可能であるが,同時に,つねに転倒などのリスクを抱えている.ましてや身体機能が衰えつつある高齢者にとって,転倒が介護の大きな原因となるのは人体の構造上の必然ともいえる.実際に,要支援・要介護に至る原因の多くは運動器疾患であり,骨折と関節疾患は要支援の約28%,要介護の約20%となっている.
そこで,整形外科領域では「運動器障害による要介護,あるいは要介護のリスクが高い状態」をさすロコモティブシンドローム(運動器症候群)が提唱された.たとえば,メタボリックシンドロームの患者さんに運動を勧めたいが,運動器を痛めているため実行できないことはよくあるだろう.超高齢化社会における健康寿命の維持を考えるとき,運動器のケアはより重要なファクターとして見直されるべきである.
痛みそのものを治療対象として捉える
整形外科医療において,医学の進歩により根治治療の研究が進む一方,対症療法は軽視される風潮があった.米国でもその傾向がみられ,1998~1999年の調査では全米成人人口の約9%が程度の高い慢性痛を患っており,「痛み」による労働生産力の損失は年額650億ドルと推計されている.
日本では,骨折などの外傷には地域の大病院が治療にあたるケースが多いが,腰痛症治療では診療所,地域の病院のほか,施術所が大きな割合を占めている.肩こりにいたってはその約60%は施術所が受け皿となっている現状がある.つまり,日本の医療においても,痛みそのものを治療対象として認めず,軽視している傾向があるといえるだろう.「整形外科は湿布を出すだけ」という厳しい評価を耳にすることもある.整形外科は,痛み自体としっかりと向き合い,対応できる診療科として変わっていくことで,よりよい医療を提供することができるだろう.
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※記事の内容は雑誌掲載時のものです。