<< 一覧に戻る

HCC Best Practice

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科における肝細胞癌治療の取り組み

緻密な術前計画と新しい技術・治療法の開発,複数のモダリティを組み合わせて死亡率ゼロ・再発率の低下をめざす

長谷川潔

The Liver Cancer Journal Vol.12 No.1, 33-38, 2020

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科は,その前身である帝国大学医科大学附属医院第二外科の開講(1893年)から2019年で126周年と,長い歴史をもつ教室である。診療内容が専門化・高度化するなかで診療科の再編成が行われ,現在「肝胆膵外科・人工臓器移植外科」として肝胆膵領域のさまざまな疾患を担当している。
肝胆膵外科では,主に肝癌や膵癌などの悪性腫瘍の治療に取り組み,肝切除術においては難易度の高い進行例でも根治が望める場合は積極的に手術を行う。肝切除術後の死亡率は全国平均に比べても低く,その背景には緻密な術前計画と新しい技術・治療法を取り入れる意欲的な姿勢がある。また,肝細胞癌に対する肝移植の実施件数は関東圏では最も多い。今回は,このような領域に先駆的に取り組まれている長谷川潔先生に,肝細胞癌治療の実際と今後の展望を伺った。

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科の概要

長谷川潔先生

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科の前身である第二外科は,同病院の3つの外科の一つであり,長谷川先生が入局した1993年には,乳腺や上部・下部消化管の診療も行っていた。その後,専門化が進み,第二外科は肝胆膵領域と人工臓器移植を担う診療科に再編成された。肝胆膵外科では,肝臓,胆嚢・胆管,膵臓の悪性腫瘍の外科治療に力を入れ,人工臓器移植外科では主に肝移植を行っている。
肝胆膵外科における肝切除は年間およそ200件。近年はC型肝炎を由来とする肝細胞癌が減少していることから,肝細胞癌に対する肝切除は減り,転移性肝癌,特に大腸癌肝転移例に対する手術が増えているという。B型肝炎由来HCCは横ばいなので。
切除可能な肝細胞癌に関しては,外科手術を行い腹腔鏡下での肝切除も行う。さらにRFAやTACE,また最近では分子標的薬,免疫チェックポイント薬などの登場により,今後さまざまな方法を組み合わせた治療の選択が期待できる。「大腸癌肝転移を含め,この領域にかかわる多種の診療科と連携したチーム医療の体制が,当院では十分に整っています」と長谷川先生は話す。
もともと原発性肝癌および胆膵癌のキャンサーボードが定期的に開催されていたが,それらに加え2010年から転移性肝癌キャンサーボードが開設され,肝胆膵外科,消化器内科,放射線科,病理部が1ヵ月に1回集まり,治療方針の決定や術後の再検討を行っている。「定期的に集まるだけでなく,日常診療でも手術のタイミングなどを相談できるような環境をつくることが大事です。キャンサーボードはpersonal communicationの1つのきっかけであり,チーム医療としても,スタッフ間との信頼関係のほうが実は重要なのかもしれません」と長谷川先生は話した。

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科における肝細胞癌診療の実際

1.新しい技術の導入

肝胆膵外科における20年間の肝切除術後の死亡率は約0.2%と,全国平均に比べても低い。「外科医としては,やはり手術が上手だからと言いたいところですが,必ずしもうまい下手だけの話ではありません」(長谷川先生)。手術操作そのものだけではなく,どういう症例に,どういう条件で手術を行うのか,しっかりと病態を見極めることがカギとなる。肝切除における重要な基準の一つに,同科の幕内雅敏名誉教授が作った幕内基準1)がある。「幕内基準に準じ,かつ教室としての経験の積み重ねから,危険と判断できるところは“手控える”ことが大事です」と長谷川先生は話す。
また,同科は新しい技術も次々と開発してきた。2004年からは術前シミュレーションを導入している。従来は肝臓の容量を測るだけであったが,三次元画像解析システムを用いることで,細かい門脈や肝静脈などの支配領域を正確に測れるようになった(図12)。この開発は2012年に「画像等手術支援加算」として保険収載につながった。

肝切除シミュレーションの画像

幕内名誉教授が開発した門脈枝塞栓術も30年以上前から行われているが,シミュレーション技術と組み合わせることで,細かい領域にフォーカスを置いて計算し,門脈を選んで実施することが可能になった。さらに,東京大学組織バンクに保存された凍結血管を使って,肝静脈などの再建を行うこともある(図23)。人工血管と違って感染の問題がなく,自家血管の採取に伴う侵襲もない。「凍結保存同種組織(ホモグラフト)を用いた外科治療」は2016年から保険収載されている。「再建においても術前シミュレーションを使って,どの枝をどのように再建すればいいかを事前に把握しておく。いろいろな技術がリファインされて,術前の準備がしっかりできるというのは大きな強みです」と長谷川先生はその重要性を説明した。

凍結血管を用いた再建例

また,術中にはインドシアニングリーン(ICG)蛍光法も取り入れている。赤外光が透過する深度は限られてはいるが,術前のCTやMRIなどでは確認できなかった腫瘍も,蛍光イメージングによって術中に見つけることができる(図34)。術中に同定された腫瘍を切除することで,再発を抑制し長期成績の向上に寄与している。
多発例が多い大腸癌肝転移に対しては,再発した場合の再肝切除を考慮し,最初から大きく取るのではなく,1つ1つの病変を細かく取り,肝実質をなるべく温存することを重視しているという。

蛍光ナビゲーションの写真

2.薬物療法の活用

肝切除の安全性が改善した今,「いかによくするかはもちろん大事ですが,肝切除術はかなり完成しているため,手術のやり方を大きく変えるよりは,新しい手術器具や薬剤をうまく使いこなすことが大事だと思います」と長谷川先生は話す。それにはまず“きちんと評価すること”が重要で,臨床試験も行って出血量などのデータを出して評価する。その繰り返しがリファインにつながり,成績が安定していくのではないかという。
同科主導で2007年に開始された多施設共同第Ⅲ相試験(SURF trial)では,早期肝細胞癌(3cm以下,3個以下)を対象に,RFAと手術が比較された。2019年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)でその第1報が発表され,早期肝細胞癌におけるRFAと手術の治療成績は同等であることが示された。ただし治癒切除ができても,いまだ再発率は高いという問題は残っている。これに対して長谷川先生が期待しているのは,薬物療法との併用である。進行肝細胞癌に対する分子標的薬は長年ソラフェニブのみであったが,ここ数年でレンバチニブ,レゴラフェニブ,さらにラムシルマブも使われるようになった。また治験段階ではあるが,血管新生阻害薬ベバシズマブと免疫チェックポイント阻害薬アテゾリズマブの併用も検証されている。こういった薬剤の応用は,術後補助化学療法あるいは切除不能と診断された症例に薬物療法を行い,切除可能になった場合は手術に移行するコンバージョン治療へと広がりをみせている。
大腸癌ではすでにコンバージョン治療による好成績が報告されているが,肝細胞癌に対しても,レンバチニブを用いたコンバージョン治療の試験が進められている。分子標的薬投与による肝障害を防ぐため,投与の目安は3ヵ月以内とし,手術に移行した場合の治癒切除率や再発率を検討する。さらに免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ)の術後補助化学療法の試験も実施されている。
薬物療法が進展するなかで,「外科がどのように関与していけるかがわれわれの課題です」と長谷川先生は話す。今後は,薬の効果で切除できなかった癌が切れるようになる可能性があり,そういった広がりは患者さんにとって,とてもよいことであると長谷川先生は語った。

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科における肝移植

わが国における肝移植は,脳死肝移植がいまだ少なく,生体肝移植に頼っているのが現状である。東京大学医学部附属病院移植外科では1996年に第1例目の生体肝移植が行われ,現在までに生体・脳死肝移植は600例を超えており,関東圏では最も多い。
これまで,肝細胞癌に対する肝移植の適応には「ミラノ基準」が用いられていたが,同科も登録した日本肝移植学会による全国調査結果5)に基づき,2019年8月に「5-5-500基準」(腫瘍径5個以内,腫瘍個数5cm以内,AFP 500ng/mL以下)が採用されることとなった。
RFAやTACE,薬物療法は肝機能のよいChild-Pugh AやB症例を対象としており,Child-Pugh CあるいはChild-Pugh Bでも10点の場合は,これらの治療法の適応にはならない。そういった患者さんには,「肝移植が合理的な治療なのですが,それがミラノ基準に制限されていました。肝移植の適応を広げる方向になったことから,今後,肝移植の役割は増えると思います」(長谷川先生)。

肝細胞癌治療の今後の展望

肝細胞癌の治療は,外科的切除,RFA,TACE,薬物療法といった各種モダリティがそれぞれ進歩し,かつ治療法を組みあわせてさまざまなアプローチが可能になってきた。「治療が一方通行でなく,薬物療法を行って手術したり,手術して薬物療法を行ったり,あるいはRFAを行ってから手術に戻ってくるなど,さまざまな治療法を組み合わせることが重要なのではないかと思います」(長谷川先生)。薬物療法については,大腸癌治療のように一次治療,二次治療といった治療ラインごとの標準治療が確立する日もそう遠くはないようだ。
患者さんには,複数の治療選択肢を適切な時期に提案することが大切であり,それには「1人の専門家の知識や経験だけでは難しいので,多職種のスタッフがアドバイスできるようなチーム医療がやはり必要になります。また自施設でできない治療は,他施設に紹介できるという連携も求められてくるでしょう」(長谷川先生)。
最後に,長谷川先生に今後の展望を伺った。「なかなか難しいのですが,外科を選ぶ若手医師は少ないので,外科がいいと思ってもらえるようにすることです」と話す。医学部生たちは,肝胆膵外科は難しく,きついという印象をもっているようだ。「確かに外科医になるには時間と労力をたくさん使いますが,決してつらいだけではなく,面白さとやりがいのある仕事なので,そういう姿を格好いいと思ってほしい」(長谷川先生)。目標というより願望と長谷川先生は言い添えた。
臨床を重視する同科には最先端の手技を学ぼうとする海外からの見学者は多く,国際交流も盛んだ。そのため,カンファレンスでは基本的に英語を使っている。「話が煮詰まってくると日本語になる」と長谷川先生は笑顔でお話しされていたが,優れた医療を常に最先端で行おうとする前向きな力強さを感じた。「今後,教室員には国内外の学会発表の機会を増やし,世界をめざしてやりがいのある教室運営に努めていきたい」と意気込みを語った。

東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科スタッフ一同

References

1) Makuuchi M, Kosuge T, Takayama T, et al. Surgery for small liver cancers. Semin Surg Oncol. 1993 ; 9(4) : 298-304.
2) Mise Y, Satou S, Shindoh J, et al. Three-dimensional volumetry in 107 normal livers reveals clinically relevant inter-segment variation in size. HPB (Oxford). 2014 ; 16(5) : 439-47.
3) Mise Y Hasegawa K, Satou S, et al. Venous reconstruction based on virtual liver resection to avoid congestion in the liver remnant. Br J Surg. 2011 ; 98(12) : 1742-51
4) Ishizawa T, Fukushima N, Shibahara J, et al. Real-time identification of liver cancers by using indocyanine green fluorescent imaging. Cancer. 2009 ; 115(11) : 2491-504.
5) Shimamura T, Akamatsu N, Fujiyoshi M, et al. Expanded living-donor liver transplantation criteria for patients with hepatocellular carcinoma based on the Japanese nationwide survey: the 5-5-500 rule - a retrospective study. Transpl Int. 2019 ; 32(4) : 356-68.

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

一覧に戻る