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肝細胞癌の難治機序

癌幹細胞における転移能

山下太郎金子周一

The Liver Cancer Journal Vol.3 No.2, 30-35, 2011

Summary
 固形癌における癌関連死の約90%は遠隔転移によって支配される。その経路としてはリンパ系や血流を介したリンパ節転移,遠隔臓器転移や播種による転移が挙げられるが,遠隔転移の好発部位については癌の種類や個体差によっても大きく異なる。近年,一部の血液癌や固形癌において幹細胞様の特徴を示す細胞群,癌幹細胞の存在が明らかになり,癌の転移や治療抵抗性のメカニズムに深く関わっている可能性が示唆されている。肝細胞癌(HCC)においてもいくつかの幹細胞マーカーを用いた癌幹細胞の分離が行われ,免疫不全マウスを用いた検討で強い腫瘍増生能力と自己複製能力,非対称性分裂能力,さらに従来用いられている抗癌剤に対する抵抗性を有していることが報告されている。最近,癌幹細胞の維持プログラムと癌細胞の上皮間葉転換を誘導するプログラムが共通している可能性が指摘されており,癌幹細胞を標的とした治療法の開発により遠隔転移を抑制できることが期待されている。本稿ではこれまでに報告されている癌幹細胞と転移能力との関連について概説を試みる。

Key words
■cancer stem cell ■embryogenesis ■EMT(epithelial mesenchymal transition) ■HCC(hepatocellular carcinoma) ■vasculogenic mimicry

はじめに

 多くの固形癌では遠隔転移の有無により癌の進行度が規定され,実際に癌関連死の約90%は遠隔転移により影響を受けている1)。一般に癌の転移経路としてはリンパ行性転移,血行性転移,播種による転移が挙げられ,いずれの場合にも腫瘍細胞の原発巣からの遊離,移動,他臓器への生着というプロセスを経て初めて転移が成立する。肝細胞癌(HCC)においては肝臓における血流の二重支配の影響もあるためか,肝内転移を含めた血行性転移が多く認められ,遠隔転移の好発部位としては肺,骨,副腎,脳などが挙げられる。一方肝動脈塞栓術や動注化学療法などの治療後にしばしば癌細胞形質の変化が認められ,リンパ節転移や腹膜,腹壁への直接浸潤をきたすことがある。細胞形質の可塑性は広く正常幹細胞において認められる一方,最近は正常に分化した細胞においても転写因子によりリプログラミングすることで幹細胞性を誘導できることが明らかになってきた2)。癌細胞と正常幹細胞では自己複製能力,無限の細胞分裂の可能性,そして多様な細胞集団を形成する点においてきわめて類似した細胞形質を有しており,近年癌細胞の一部に幹細胞様の性質を有する細胞集団,いわゆる癌幹細胞の存在が注目を集めている3)。興味深いことに,癌幹細胞は抗癌剤感受性や腫瘍の浸潤転移に重要な役割を果たしていると考えられており,癌治療における重要な標的として認識されつつある。本稿においては,癌の浸潤転移のメカニズムと癌幹細胞との関連について論考を試みたい。

Ⅰ 遠隔転移の成立過程

 遠隔転移の多くは血行性もしくはリンパ行性に起こると考えられ,少なくとも,①原発巣からvessel内への浸潤(invasion and intravasation),②vessel内の遊走と循環(migration and circulation),③ホーミング(homing),vessel外への遊出(extravasation),④遠隔臓器への生着(initiation of growth and proliferation,colonization)の各ステップを経て成立する4)。腫瘍内における血管新生は癌細胞の増殖とそれに伴う低酸素状態により誘導される低酸素誘導因子(hypoxia inducible factor;HIF)を介した血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)やangiopoietinの産生によって生じると考えられており,この結果生じる未熟な血管内皮細胞などを介して癌細胞は血管内へと侵入していく。癌細胞の浸潤や遊走にはintegrinやcadherinなどの接着因子,matrix metalloproteinaseやtissue inhibitors of metalloproteinasesなどの細胞外マトリックス分解に関わる酵素の活性化などが複雑に制御され,腫瘍増殖因子(transforming growth factor;TGF)-βをはじめとするサイトカインやケモカインがその制御因子として機能している。これらのサイトカインやケモカインは癌細胞そのもののほかにも腫瘍局所に浸潤しているマクロファージや骨髄由来間葉系細胞から分泌され,癌細胞の血行性転移を制御している可能性がある5)6)。Cell-cell contactから離れた腫瘍細胞は一般的には細胞周期が停止しアポトーシスシグナルが活性化するため,抗アポトーシスシグナルなどが活性化している限られた腫瘍細胞のみが遠隔臓器へと転移可能であると考えられている。実際に血管内を循環しているcirculating tumor cellでは細胞周期の停止が起こり抗アポトーシスシグナルの活性化が認められ,浮遊状態でも生存することが可能となっている7)。循環している腫瘍細胞が遠隔臓器に生着するためには再度内皮細胞と接着した後にextravasationを行う必要があるが,この段階でどのようなmolecular eventsが生じているかについては現在でも不明な点が多い8)。その後細胞周期が停止した腫瘍細胞に再度細胞周期スイッチが入り,遠隔臓器での腫瘍細胞の増殖が始まり遠隔転移巣が形成される。
 前述した一連の遠隔転移の進行が発癌過程のどの段階から起こるのかについては現在も盛んに議論がされている。Vogelstein-Fearonのcolorectal cancerにおける多段階発癌モデルをはじめとして,癌の転移は進行癌において多く認められることから,転移能力の高い細胞はおそらくgenetic/epigenetic eventsが集積し,かつ転移に必要な低酸素や細胞遊離状態といった微小環境に適応した細胞集団である(late dissemination model)とこれまでは考えられてきた9)10)。しかしながら,最近Varmusらは悪性形質転換を起こしていないマウスの乳腺細胞を循環血液内に入れた後にMycとKRASの活性化を誘導する発癌モデルを検討したところ,正常乳腺細胞は肺に長期間にわたり生着することが可能であること,癌遺伝子の活性化により乳腺に原発巣を作ることなく肺転移巣を形成することを報告した11)。血管へのintravasation以前の過程についてはこのモデルでは評価できないが,少なくともintravasation以降のステップに関しては悪性形質転換を起こしていない細胞でも可能であることが示されており,腫瘍細胞の播種は比較的早い段階で生じている可能性は否定できないものと考えられる(early dissemination model)12)13)。
 遠隔転移を起こしやすい臓器は各癌種によっても大きく異なり,個体差も認められる。たとえば乳癌では骨転移や肺転移,肝転移が認められるが前立腺癌は主に骨転移のみを起こす。また,血流やリンパの方向は確かに一つの遠隔転移の決定因子であり,たとえば大腸癌が肝転移や肺転移を起こしやすいのは大腸からの血流が門脈から肝を経由して肺へと流れていく血流パターンでも説明可能である。しかしながら,大腸癌患者で全身循環血中にもcirculating tumor cellが認められるにもかかわらず特に肝と肺に転移が多いのは,おそらく他臓器に比べて両臓器における血管内皮などの微小環境がcolonizationに有利に働きやすいことも関与している可能性がある。HCCでは肺転移や骨転移のほかに副腎転移がある程度の頻度で認められるが,なぜHCCが副腎に転移を起こしやすいのかについてはいまだ明らかな答えはなく,このような癌細胞と微小環境との適応関係が関係しているのかもしれない。癌細胞が局所への浸潤能を獲得するまでの段階はおそらく多くの癌の転移過程で共通していることから,homing,extravasation,colonizationのいずれかの過程で癌種に特異的な転移臓器が決定されているものと思われる。さらに,乳癌や一部のメラノーマでは原発巣の切除後10年以上を経過してから遠隔転移が出現することもあり,このことは転移先の臓器におけるcolonization/proliferationが微小環境によってはきわめて緩徐に進行していく可能性を示唆している。また,乳癌の検討からは脳や肺に転移をきたしやすいクローンに特異的な遺伝子発現パターンが解析され,特に脳の血管内皮やblood-brain barrierの通過に関わる遺伝子が同定された14)。さらにこの細胞集団では肝や骨転移をきたさないことから,癌の臓器特異的な転移指向性は癌そのもののgenetic/epigeneticな変化によって一部決定されていることが示唆され興味深い14)15)。

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