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基礎からみた乳腺疾患

乳癌腫瘍免疫 update

柴原裕紀子笹野公伸

CANCER BOARD 乳癌 Vol.5 No.2, 30-35, 2012

キーワード解説

T reg cell
 T reg細胞は1980年代,京都大学の坂口志文博士らによって初めて同定され,近年その機能が明らかとなった免疫自己寛容の維持に重要な役割を果たすT細胞である 1)。従来T細胞は免疫を活性化する機能のみを有していると考えられたが,免疫を制御(regulate)するT細胞(regulatory T細胞)が発見されたという意味では極めて意義が高い 1)。T reg細胞はCD4,CD25,FOXP3を発現していることで特徴付けられ,免疫の過活動を抑制する作用を有している。腫瘍においては,腫瘍細胞自身がT reg細胞を誘導することによりこの作用を逆手にとって,宿主の免疫機構を抑制し腫瘍増殖を自ら促進していることが報告されてきている 2) 3)。乳癌においては,腫瘍の進展とともにT reg細胞が増加することが報告され,この細胞浸潤の程度は浸潤癌>非浸潤癌>正常乳腺とされてきている 4)。T reg細胞は宿主の免疫機構が腫瘍を完全に生体系から除外には至らない最大の障壁の1つと一般的には考えられていて,T reg細胞の阻害が免疫療法の目標の1つとなっている。種々の動物実験ではT reg細胞の阻害により生存期間の延長といった興味ある研究成果も報告されてきており,現在さまざまな研究が進められている 5)-7)。

Tumor associated macrophage(TAM)
 一般に腫瘍組織内に認められるマクロファージのことを指しており,病理学的には従来から大きな注目を集めていた。一般的にマクロファージは腫瘍により活性化されると種々の成長因子,サイトカイン,炎症メディエーターを放出し,癌促進的に働くことはよく知られてきた。そこでTAMの数が多ければ多いほど癌は転移し,予後が悪いことが多くのヒト悪性腫瘍で証明されてきている 8)-11)。このようなことからTAMは癌と炎症細胞をつなぐ極めて重要な因子と位置付けられてきており,TAMそのものを標的とした治療法が研究レベルではあるが開発され,大きな注目を集めている 11)。

はじめに

 免疫系は神経系,内分泌系とともに生命活動の正に根幹を担う極めて重要なシステムである。この免疫系が破綻すると生命にかかわる深刻な感染症や自己免疫疾患を発症してくるばかりでなく,悪性腫瘍の発生率も高まることはよく知られている。一般的にわれわれの免疫機構は悪性腫瘍を,細菌,ウイルスなどと同様の異物と看做し癌細胞の発生・進展を制御する役割を果たしている。このような腫瘍免疫の特徴を生かし患者そのものの免疫を賦活化する方法や,自身の癌細胞に対しての免疫活性を活発化させる癌ワクチンを含む特定の免疫療法がかなり前から考案・研究されてきた。そして一部の患者ではこのような免疫療法は目を見張るような劇的な効果をあげてきたことも事実である。しかし個々の癌患者によって免疫療法に対する反応性が大きく異なること,その治療効果の再現性に乏しいこと,重篤な副作用が見られることなどから,癌に対しての免疫療法は大きな可能性を有しているにもかかわらず臨床,基礎双方からそれほど熱意をもって迎えられていたわけではなかった。
 しかし近年再びこの腫瘍免疫は大きな脚光を浴びようとしている。そのきっかけとなったのが,転移性悪性黒色腫に対する抗CTLA4療法である。抗CTLA4療法(ipilimubab)はCTLA4と呼ばれる抗原に対するモノクローナル抗体を用いる治療である。T細胞表面のCTLA4は樹状細胞や単球表面のB7と結合することによりT細胞の活性が抑制されることが基礎的研究から明らかにされてきている。すなわちCTLA4の作用を阻害することにより,患者のT細胞が活性化され癌細胞を攻撃するという仮説に基づいて開始された治療法である 12)。近年米国にて行われた第Ⅲ相臨床試験では,転移性メラノーマとして従来の化学療法他の治療を受けた群と比較して,ipilimubab投与を受けた群では生存率が有意に改善した。もっとも投与を受けた患者群では副作用は重篤で長期にわたる可能性はあったが,いずれも回復可能であったと結論付けた 13)。この結果はヒト悪性腫瘍の免疫療法の分野に大きな衝撃と期待を与える結果であった。すなわちipilimubabは今までの免疫療法が想定していたように腫瘍に直接作用するものではなく,患者自身のT細胞を活性化することで抗腫瘍効果を発揮するものであることから悪性黒色腫以外の乳癌も含む他の癌腫にも応用可能と提唱されたからである。
 そこで本総説では,この免疫療法の基礎として臨床医が理解しておくべき乳癌における腫瘍免疫機構が現在どこまでわかってきているのか,従来の治療法では腫瘍免疫はどのように関与しているのか,そして今後の可能性について解説を加える。

乳癌においての腫瘍免疫

 ヒト腫瘍に対する免疫機構の概略を図示する(図1)。

各々の悪性腫瘍に特異的と考えられている腫瘍特異的抗原を認識した樹状細胞は,リンパ節に運ばれ抗原を提示する。抗原提示を受けたT細胞は活性型killer T細胞となり,腫瘍をいわば攻撃することになる。一方腫瘍細胞は,この攻撃に対してIL-10,TGF-βなどの免疫抑制系サイトカインを放出して宿主からの免疫機構から逃れる術を身につけている,と単純化するといえるのではないかと考えられる 14)。
 さて実際の患者の乳癌組織で免疫組織化学的にこれら腫瘍免疫に関与する種々の因子の発現動態を検討してみると,図2に見られるように腫瘍組織に豊富なリンパ球浸潤が認められる症例が消化器系腫瘍等と比較すると決して多くはないが,少なからず認められている。

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