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大腸癌治療の医療経済学

手術療法の医療経済学

Cost-effectiveness analysis of surgical treatment for colorectal cancer

猪股雅史草野徹白下英史衛藤剛野口剛白石憲男北野正剛

大腸癌FRONTIER Vol.4 No.4, 26-30, 2011

Summary
 大腸癌に対する手術療法は,1990年初頭より,低侵襲性治療法として腹腔鏡手術が登場して以来,痛まず・傷が小さく・早く家に帰れるという患者や社会のニーズに応じるべく年々普及してきた。わが国の医療保険制度では,2008年の保険改定によって腹腔鏡手術は開腹手術と比較し,保険点数による手術費や機材費による収入が上昇したものの,ディスポーザブルなどの機材納入費の支出から病院の利益が少ない傾向にあり,ディスポーザブルの納入価の抑制やリユーサブル機材の使用が望まれ,さらに人件費や減価償却費などの評価も必要と考えられている。一方,腹腔鏡手術は,術後在院日数の短縮や創関連合併症率の低下によって入院費の抑制をもたらすと考えられており,今後,手術療法における医療経済は,手術費や入院費だけでなく,退院後の早期社会復帰による経済効果なども含めて,患者,医療施設,国家のそれぞれの視点に立った評価が求められるといえよう。

Key words
●手術療法 ●腹腔鏡手術 ●医療経済 ●費用対効果 ●手術費

はじめに

 わが国の大腸癌の罹患数および死亡数は年々増加しているが,罹患数と死亡数の差は年々大きくなっている1)。これは完全に治癒する大腸癌が増えていることを意味する。癌治療の最大の目的は,癌の治癒(根治)であり,その治療法の主体はこれまで手術療法が担ってきた。最近,化学療法あるいは放射線療法の進歩に伴い,手術療法の前後に組み合わせて治癒率を向上させうる新たな集学的治療も行われている。一方,手術療法そのものも,大きく変貌を遂げており,1990年後半より,根治性が確保される適応下では,患者の身体への負担を軽減させうる低侵襲性治療法として腹腔鏡手術が行われるようになった。その適応は早期癌から進行癌に適応拡大されつつあり,痛まず・傷が小さく・早く家に帰れるという社会のニーズに応じるべく,今なお,普及がすすんでいる2)。日々進化しつづける現代医療の中で,理想とは異なり,使える医療費には限りがあるのも現実であり,保険で医療行為をどこまで許容するかは,その時代の経済状況にも応じて詳細な検討が必要である。これまで,医療経済の問題は,医療費の適正・有効配分や,国民医療費から社会保障制度に関する政策・立法などにかかわる「マクロ経済学」と,医療の質の保持と医療経費の適切性(費用対効果)や個々の医療技術の効果による経済的評価(費用便益)などを検討する「ミクロ経済学」との両面から発達してきた3)。本稿では,手術療法における医療経済学を,標準治療である開腹手術と,近年急速に普及してきた腹腔鏡手術とを比較し,手術費用に加えて手術室運営や入院費用などにどのように影響を与えうるのかを考慮して,そのメリット,ディメリットについて述べたい。

大腸癌における腹腔鏡手術の現状

 1990年代の初頭,わが国で大腸癌に対して腹腔鏡手術が施行されはじめ,1998年には同手術が保険収載された。その後,2004年に同手術の適応が早期癌から進行癌へと拡大され,実施件数は年々増加した2)。2008年には腹腔鏡手術が開腹手術よりはじめて保険点数が高く設定されており,第10回日本内視鏡外科学会の全国アンケート調査結果4)によると,2009年における腹腔鏡大腸癌手術の件数は10,000件を上回り,その3分の2が進行癌を対象とされている。現在までの多くの研究によって大腸癌に対する腹腔鏡手術は,低侵襲性で疼痛が軽く術後回復が早く,さらに創が小さいため美容的にも良好であるといった利点が報告されてきた。さらに,遠隔成績に関しては,欧米にて大規模なランダム化試験(第Ⅲ相試験)の長期成績が報告され,いずれの研究グループにおいても腹腔鏡手術は開腹手術と同等であることが報告されている5)。2004年より,わが国でもJCOG大腸がんグループによって,進行大腸癌に対する長期成績をエンドポイントとした第Ⅲ相試験が行われており,その治療成績は,わが国の手術手技や医療環境の中での結果という点で国内外から注目されている6)。このような低侵襲というメリットを有する腹腔鏡手術は,一方で,高度の技術が必要とされ,その修練方法や修練機関に新たな教育システムの導入や技術の認定制度が求められている。また,手術時間が長い,高価なディスポーザブル機器を使用するなどの医療経済面での問題が残されている状況である。

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