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緊急寄稿

COVID-19流行期におけるてんかん診療の注意点と,COVID-19のてんかん診療への影響について

赤松直樹

Epilepsy Vol.14 No.2, 37-41, 2020

はじめに
「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期におけるてんかん診療指針」1)(以下,COVID-19診療の指針)が日本てんかん学会ガイドライン作成委員会によって2020年4月30日に以下の学会ホームページ上で発表された(https://square.umin.ac.jp/jes/images/COVID-19-sisin20200430.pdf).
本稿ではCOVID-19流行期におけるてんかん診療の注意点を,この指針を要約するかたちで解説する.てんかん診療においては,各地域での感染拡大状況,政府・厚生労働省の方針,各施設の状況,患者の個別条件などを考慮した慎重な対応が肝要である.COVID-19診療の指針では,クリニカルクエスチョン(clinical question:CQ)形式で記述し診療の参考となる情報を提供しており,本稿もCQに沿って第1部で記載する.
また,米国てんかん学会(American Epilepsy Society:AES)では会員を中心にCOVID-19感染症流行のてんかん診療への影響についてアンケート調査を行った.その結果が米国てんかん学会ホームページに掲載されている.本稿ではその概要も,上記に加えて第2部で紹介する.

第1部

CQ1 てんかん患者は新型コロナウイルスに感染しやすいか

てんかんをもつというだけでは新型コロナウイルスに感染しやすいという根拠はなく,感染した場合に重症化しやすいという根拠もない.中国・武漢からの多数例のCOVID-19報告においても,併存疾患にてんかんの記載はなかった2, 3)
しかし,てんかんの病因および併存症によっては,COVID-19発症および重症化リスクが増加する.COVID-19重症化のリスク因子は,呼吸器疾患,糖尿病,高血圧,重症心疾患,免疫抑制状態,高齢である4).てんかんの病因が,脳卒中,脳炎,自己免疫疾患である患者や高齢者は,上記のリスク因子をもつことが多い.結節性硬化症に伴うてんかんでは,肺病変の合併および免疫抑制をきたす薬剤の使用により感染および重症化リスクが高くなることがある.

CQ2 新型コロナウイルス感染症はてんかんを悪化させるか

COVID-19罹患てんかん患者のてんかん悪化については十分な文献的データはない.COVID-19の中枢神経症状は比較的多くの患者(25%)にみられるが,てんかん発作の報告は少ない5).論文からは,てんかん発作の悪化はCOVID-19の症状としては多くないようである.しかしながら,感染による,発熱,肺炎,低酸素血症,サイトカインストームなどからは,てんかん発作の誘発のリスクが高まる.熱性けいれんの誘発,Dravet症候群の発作の悪化,さらに発熱時の発作歴のある患者等では注意を要する6)

CQ3 新型コロナウイルス感染症の症状としててんかん発作がみられるか

COVID-19の神経学的特徴をまとめた論文では,214人の感染患者で1人にてんかん発作(seizure)が認められたと記載がある5).別の論文では,303人の感染患者で急性症候性発作およびてんかん重積状態の発症はないと報告している7).てんかん発作は,COVID-19の症状(急性症候性発作としてのてんかん発作)としては多くない.しかしながら,コロナウイルス感染による,発熱,肺炎,低酸素血症,サイトカインストームなどからは,てんかん発作の誘発のリスクが高まる可能性がある.てんかん患者でのてんかん発作増悪のリスクには注意を要する(CQ2参照).
本邦の症例報告の髄膜脳炎で発症した24歳の男性患者は,発症9日目にてんかん発作(tonic clonic seizure)をきたしている.髄膜脳炎は比較的まれなCOVID-19の症状ではあるが,注意を要する8)

CQ4 てんかん患者の定期外来受診はどうするか

外来受診に伴う感染リスク低減のために,受診頻度を減らすことを考慮する.電話再診・オンライン診療などの方法を可能であれば用いる.外来診療での留意点を下記解説に箇条書きで示した.

COVID-19流行期のてんかん外来診療での留意点
①3密(密閉・密集・密接)を避けるために,待合室,診察室の環境整備を行う.
②再発が危惧される患者では,発作再発・頻発時のレスキュー薬として,座薬などの処方を考慮する.
③救急受診や救急車を呼ぶ必要がある発作や状況について前もって家族・介護者に説明し,不必要な救急受診を減らすようにする.
④抗てんかん薬の大幅な変更や中止などは,可能であれば延期を考慮する.
⑤服薬遵守,規則的な生活,十分な睡眠,適切な栄養,適度な運動など,基本的な療養についても再確認を行う.
⑥心理・精神的な面に配慮したアドバイスを行う.

CQ5 外来脳波検査の適応と実施はどうするか

2020年4月に発表された「COVID-19感染予防対策として,脳波検査に関する注意喚起」(日本てんかん学会を含む6学会からの合同提言)9)を参照すること.COVID-19流行期には,問診および身体所見から臨床判断が可能な場合,脳波検査を延期することを考慮する.てんかん重積状態およびその疑いの場合などは,脳波検査が必要と考えられる.短時間の外来脳波検査で診療に有用な情報が得られる可能性が高い場合は,感染リスクと比較のうえ,脳波検査の適応を判断する.脳波検査実施においては,検査室の換気,被検者および検査者の感染防御,過呼吸負荷の必要性を考慮する,などに注意する9).2020年10月現在,十分な対策が考慮されている場合はその限りではない.

CQ6 長時間ビデオ脳波モニタリング検査の適応と実施はどうするべきか

長時間ビデオ脳波モニタリング検査(long-term video-EEG monitoring:VEEG)の施行については,各医療施設の特徴および地域における流行状況をふまえて,患者ごとに慎重に検討する.COVID-19感染者およびPCR検査中の患者に対するVEEGは延期すべきである.実施に際しては十分なスタッフの確保し,付添人の検討などを行う1)

CQ7 救急科・ICUでの持続脳波モニタリング検査の適応と実施はどうするべきか

救急科・ICUでの持続脳波モニタリング検査(continuous EEG:cEEG)の適応は,各医療施設の特徴およびその地域における流行状況をふまえて,各患者において十分に検討する.COVID-19感染者およびPCR検査中の患者に対して,cEEGを行う必要が生じる可能性もある1)

CQ8 点頭てんかんの診断と治療はどうするか1,10)

①電話・オンライン診療によって行うのが望ましい(CQ4参照).
②脳波は診断のために必須の検査であり,外来で施行することが望ましい.
③頭部MRI検査・CT検査は必要に応じて施行する.
④血圧測定・血液生化学検査等のための外来受診は最小限にとどめる.
⑤結節性硬化症に合併した点頭てんかんでは眼科との十分な診療協力体制が得られればビガバトリンの在宅投与を考慮する.
⑥結節性硬化症を合併しない点頭てんかんでは十分な感染対策下での入院によるACTH(adrenocortico-tropic hormone)療法ないしプレドニゾロンの在宅経口投与を考慮する.

CQ9 抗てんかん薬との相互作用に注意すべき新型コロナウイルス感染症治療薬はなにか

酵素誘導薬(カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタール,プリミドン)は一部の抗ウイルス薬と相互作用があり,抗ウイルス薬血中濃度を低下させることがあり注意を要する.アタザナビル硫酸塩によりベンゾジアゼピン系薬は濃度が上昇する.ファビピラビルは抗てんかん薬と相互作用がほとんどない.抗てんかん薬に限らず,薬剤とCOVID-19治療薬との相互作用はリバプール大学のウェブサイト(https://www.covid19-druginteractions.org/)が詳細かつ有用である.

CQ10 妊娠中のてんかん患者の注意点はなにか11)

妊娠中のCOVID-19罹患率は一般と変わらないとされている.また,重症化率も一般と変わらないとされている.出産(里帰り,帝王切開など)については担当医との十分相談することが重要である.

CQ11 てんかん診療において精神・心理面ケアで必要なことはなにか

てんかんに関して,コロナウイルス禍において精神・心理的ケアで最も必要とされていることは,継続的な投薬が担保されていることである.さらに,間接的な影響ではあるが,コロナ感染およびその対策による心理的な負荷によって,心因性非てんかん性発作(psychogenic non-epileptic seizures:PNES)の症状の悪化も懸念される.台湾からSARS流行下でのてんかんをもつ人における心理的負荷についての報告が行われており,それによれば,22%の人が感染の恐れから病院への通院を止め,服薬を中断した人の57%にてんかん発作が再燃し,さらにそのうちの8%が発作群発を,4%がてんかん重積を引き起こしたと報告されている12)
コロナ感染への不安や自粛など感染対策へのストレスによると思われる要因によって,PNESの増悪や全般的な不安や抑うつが強くなる場合がある.実際にPNESとして加療中の患者で,非てんかん性発作の頻度が増えたり,新たに不眠,不安発作,うつ状態などが出現したりした例もある.精神面への変化に関しては全般的な視点を念頭に置きながら,精神科医や臨床心理士との連携などの適切な対応が推奨される.

第2部

米国てんかん学会によるアンケート調査・新型コロナウイルスのてんかん診療への影響13)

米国てんかん学会会員を中心とした4,193名にEmailでアンケートを送り,366名が回答した(回答率9%).このアンケート調査の主な結果を箇条書きで以下に示す.
①30%の回答者が新規発症てんかん発作をきたしたCOVID-19感染患者を診察したと答えた.てんかん閾値低下による発作であると考えており,焦点てんかん発作が多いと考えられた.
②約3分の1の回答者が,てんかんをもつ人のCOVID-19感染を経験したと報告した.てんかん発作頻度は大部分が不変と答えたが,16%が増加したと回答した.
③COVID-19に感染しなかったてんかんをもつ人では,発作頻度は変わらなかった.一部の発作増加は,心理的なストレスに関連したものと考えられる.
④COVID-19流行時に,患者からの外来への問い合わせ電話は増加も減少もしなかった.
⑤約3分の1の回答者が,COVID-19流行により,てんかんの診療・ケアを十分に行うことができなかったと答えたが,43%は期待されたレベルのケアを受けることができていたと回答した.
⑥脳波検査施行件数は著明に減少した.医療経営的にも打撃となり,診療継続が困難と回答した人もいた.
⑦抗てんかん発作薬の供給不足は全般的にはなかったが,レベチラセタムおよび静注ベンゾジアゼピン特にミダゾラムは不足していた可能性がある.
⑧てんかん診療を行うことに障壁があると大部分が回答し,それは通院の困難さに関連していた.
⑨てんかん診療をテレメディシンで行うことに順応したと大部分は回答した.てんかん診療はテレメディシンにあっており今後も継続するという答えが多かった.今後も法的にも問題なくテレメディシンが行えるか,保険償還も継続されるかどうかを危惧する回答があった.
⑩COVID-19流行は,てんかんの教育においても少なからず影響があった.

まとめ

COVID-19とてんかんについて,最新情報を得て診療にあたることが重要である.必要以上にCOVID-19について心配する患者には,正しい情報を伝えることも患者教育という面で必要性が高い.本稿がその一助となれが幸甚である.

謝辞(敬称略)
日本てんかん学会理事長 池田昭夫,理事 岩佐博人,日本てんかん学会ガイドライン作成委員会委員 兼本浩祐,貴島晴彦,重藤寛史,神 一敬,夏目 淳,前原健寿,溝渕雅広,森本昌史,山田了士,山内秀雄,吉岡伸一,の諸先生方へ,指針作成のご尽力に深謝いたします.

References

1)日本てんかん学会ガイドライン作成委員会.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行期におけるてんかん診療指針.2020年4月30日.
2)Wang D, Hu B, Hu C, et al. Clinical characteristics of 138 hospitalized patients with 2019 novel coronavirus-infected pneumonia in Wuhan, China. JAMA. 2020;323:1061-9.
3)Chen T, Wu D, Chen H, et al. Clinical characteristics of 113 deceased patients with coronavirus disease 2019:retrospective study. BMJ. 2020;368.
4)CDC COVID-19 Response Team. Preliminary estimates of the prevalence of selected underlying health conditions among patients with coronavirus disease 2019-United States, February 12-March 28, 2020. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2020;69:382-6.
5)Mao L, Jin H, Wang M, et al. Neurologic manifestations of hospitalized patients with coronavirus disease 2019 in Wuhan, China. JAMA Neurol. 2020;77:683-90.
6)French JA, Brodie MJ, Caraballo R, et al. Keeping people with epilepsy safe during the COVID-19 pandemic. Neurology. 2020;94:1032-7.
7)Lu L, Xiong W, Liu D, et al. New onset acute symptomatic seizure and risk factors in coronavirus disease 2019:A retrospective multicenter study. Epilepsia. 2020;61:e49-e53.
8)Moriguchi T, Harii N, Goto J, et al. A first case of meningitis/encephalitis associated with SARS-Coronavirus-2. Int J Infect Dis. 2020;94:55-8.
9)COVID-19感染予防対策として,脳波検査に関する注意喚起(日本てんかん学会,日本臨床神経生理学会,日本脳神経外科学会,日本神経学会,日本小児神経学会,日本精神神経学会からの合同提言).2020年4月7日.
https://square.umin.ac.jp/jes/images/COVID%2019_472020.pdf
10)Child Neurology Society. Management of infantile spasms during the covid-19 pandemic.
https://www.childneurologysociety.org/resources/resources-detail-view/management-of-infantile-spasms-during-the-covid-19-pandemic(閲覧 2020-4-29)
11)Ferrazzi EM, Frigerio L, Cetin I, et al. COVID-19 Obstetrics Task Force, Lombardy, Italy:Executive management summary and short report of outcome. Int J Gynecol Obstet. 2020;149:377-8.
12)Lai SL, Hsu MT, Chena SS. The impact of SARS on epilepsy:The experience of drug withdrawal in epileptic patients. Seizure. 2005;4:557-61.
13)American Epilepsy Society(AES)Survey Impact of COVID-19 Pandemic on Epilepsy Care Summary of Results August 24, 2020.
https://www.aesnet.org/sites/default/files/file_attach/2020-09-02-COVID_Survey-Web_summary-final.pdf

※記事の内容は雑誌掲載時のものです。

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