フレデリック・ショパン (1810~1849) の繊細なピアノ曲は詩にも譬えられ,「ピアノの詩人」として現在も人気が高い.ショパンは幼少期から病弱で,その音楽は闘病生活のなかで生まれた芸術ともいえる.最近,ショパンの病気をめぐって2つのトピックスが話題になったことがある.1つは,ショパンは肺結核でなく,常染色体劣性遺伝疾患の囊胞性線維症 (cystic fibrosis) ではなかったかというものである1).もう1つは,ショパンの体験した幻視が側頭葉てんかんの発作であって,当時の医師が見逃していたのではないかというものである.後者は2011年にスペインの神経科医が発表した論文2)であるが,英国の健康関連のレポーターがBBC Newsで取り上げたことから話題になった.
ショパンは自伝を書いておらず,全くといっていいほど自らを語ることもなかった.残された手紙によって心情を推測するしかないが,現在残っているショパンの手紙は出版社,編集者,引用者によって改竄されるという運命をたどったものも少なくない3).ショパンの伝記は数多く書かれたが,互いに矛盾する記載も多く,限られた資料でしかない.上記のCarunchoとFernándezの論文2)ではいくつかのエピソードを紹介して,その幻視がてんかん発作でなかったかと推測しているので,その指摘の妥当性を検討してみたい.