100歳まで生きるための本100選
第78選 『私は誰になっていくの?』
アンチ・エイジング医学 Vol.16 No.2, 78-79, 2020
私は老年内科医で,大学ではもの忘れ外来を担当している。高齢者医療を行っていると,高齢者が日々どのような気持ちで生活しているのかなんとかして知りたいと思うため,診察中には疾患とは関係のないたわいのない世間話をしている。お陰で私の外来は時間がかかり,待ち時間が延びて患者さんに迷惑をかけてしまうことも多い。戦争で中学校を卒業することができず,92歳で夜間中学を卒業されたおばあちゃんには,「先生ねえ,90歳って想像できる? 座って息しているだけでしんどいのよ」と超高齢者の身体がどんな感じなのかを教えてもらったし,私の父が亡くなって母が一人で寝るのを怖がり毎日家族の誰かが交代で泊まりに行っていたときには,「あら,2年くらいはそんなものよ,みんな同じ気持ちで他人には黙っているだけ」と一人で暮らす高齢者の心細さや辛抱強さを教えてもらった。こんなことを何年も続けているうちに,高齢者が喪失感や無力感を抱えながら静かに暮らしていることを,少しは理解できるようになったと思っている。
しかし,恥ずかしながら認知症について,私はなかなかその気持ちを理解することができなかった。認知症の人は,気持ちが日々揺れ動いていたり,認知機能低下のためにうまく言葉で伝えられなかったり,そもそも現在の自身の状況を把握できていなかったりするからである。
※記事の内容は雑誌掲載時のものです。